四十二話 セメタリ―
ギルドにもどって賃貸契約をかわすと、墓へとむかう。
もちろんメーガン・オットーネル子爵の墓だ。
案内してくれるのはミード氏。
トホホといった表情で先をいく。
すまんな。まあ、乗りかかった船だと諦めてくれ。
「あちらです」
ミードが指さすのはふつうの墓。
街人とくらべれば豪華だが、貴族、それも子爵だったとはとうてい思えないものだった。
あの物件での騒動のあと、契約したミス・マーブルから話をきいた。
自分は子爵の妾であったと。しかし、正妻が懐妊して状況が一変したのだと。
もともと子爵は正妻との子宝にめぐまれず、彼女こうにんのもと妾をとった。
だが正妻は、おのれが子をやどしたとたん、妾と縁を切るように迫ったのだ。
とうぜん子爵は拒否した。彼のこころはミス・マーブルにあったのだろう。
けっきょくミス・マーブルは自分から身をひいた。
子爵のため、跡目あらそいをさけるため。
だが、無意味だった。ほどなくしてオットー子爵は毒殺されるのだ。
犯人は正妻にちがいない。のちにたてられた子爵の墓をみてもわかる。
しかし、証拠はでてこなかった。というより、もみ消されたのだろう。
正妻の実家も貴族、ちからはある。それに子爵家のあととり問題もあった。彼女が罰せられれば、幼い息子も連座する。あととりがいなくなるのだ。
けっきょく正妻側の貴族と子爵家の利害が一致、彼女は罪にとわれず、息子が子爵家をついだ。
あとはよくあるパターンだ。
ほとぼりがさめたころ、ミス・マーブルも殺される。
死因は毒。
もう、三十年も前の話だ。正妻はすでに他界。
息子はいきているが、ミス・マーブルは彼に恨みはないのだという。
ただ、オットー子爵に会いたいのだと。
「なんだかせつないね」
みみもとでピクシーが言った。
そうだな。
子爵を愛するがゆえに悪霊になったと考えるとな。
なんとか子爵に会わせてやりたいところだ。
だが、難しいだろうなあ。
なにせ三十年前だ。いまさら墓にいってもオットー子爵の霊がいるとは思えない。
とっくに成仏したか、そもそも霊になっていないかだ。
ミス・マーブルのように霊としてのこることじたいレアケースだしな。
おれができるのは、せめて墓につれていって――
「あ、マスター。あれみて!」
墓からうすい人影があらわれた。
ヒゲをたくわえた男で、仕立てのよい服を着て杖を手にしている。
だが、その頬はこけ、げっそりとやせた腕は枯れ木のようにほそい。
――うそ!? いた。しかもこいつは、死ぬ直前のすがたか?
盛られたのは、すぐ死に至るものではなく、じょじょに弱っていくタイプの毒だったのか。
ひでーことしやがる。
「クイックシルバー召喚」
ミス・マーブルが魔法陣よりあらわれた。
墓にいる人影は彼女に気がついたようで、驚きの表情ををみせた。
「まさか……マールか?」
「オットー」
たがいに歩みより、ふたりは抱き合った。
すると彼らのパサついた白髪は急速に色をとりもどし、やつれていた頬や手足はみるみる盛りあがって、ハリとうるおいをみせる。
「時がまきもどったのか?」
むろん彼らの体は半透明のままだ。死のまぎわから、愛しあっていたころのすがたに変化したというべきか。
「おお! マール、マール」
「ああ、オットー、オットー」
うわっ、めっちゃチューしてる。
こちらのことなどお構いなしだ。
まあ、三十年も思い続けてたんだからしかたがないか。
「あのとき余がもっと――」
「いえ、いいの。こうしてふたたび出会えたんですもの」
俺の予想とはぜんぜんちがう話だったけど、これはこれでアリか。
約束はいちおう果たせたし、これいじょう不幸になるひともでなさそうだし。
「もう、二度とおまえを離さない」
「わたしもよ。オットー」
なんかこれ、成仏しそうな勢いなんですけど。
成仏されたら契約した意味がなくなっちゃうんですけど。
「これからはずっと一緒にいてくれるか?」
「――でも、わたし……ごめんなさい」
…………う~ん。
……う~ん。
しゃーねえか。
「わが名はエム。なんじクイックシルバーとの契約解除を、ここに宣言する」
ピカリとからだが光り、むすびつきが切れたと感じる。
ミス・マーブルがおどろき、こちらを見る。
「約束はナシだ。あの家はおれがいただく」
これが一番いいか。もともとの目的は家探しだしな。
「だからおまえなんか、もーいらん。ふたりでどっかいっちまいな」
ミス・マーブルは口に手をあて、なみだをみせる。
となりの子爵は、アンタだれ? みたいな顔をしている。
おう、はじめまして!
「え~、解放しちゃうの? けっこう危ない橋わたったと思うよ」
なんかルディーが口をはさんできた。
しょーがねえじゃん。あんな話聞いちまったらさ。
そりゃクイックシルバーのちからは惜しいけど、無理強いはよくないからね。
ふとミードの顔があたまをよぎったが、すぐにうちけした。
あれは別だ。俺をだまそうとしたし。
「ふふ、やっぱりマスターはやさしいね」
そうか? けっこう自己中だと思うが。
やりたいことをやってるだけだしな。
「あ、消えてくよ」
ミス・マーブルとオットー子爵は手をつなぎながら、こちらをみていた。
その顔はとても幸せそうだった。
やがて、彼らは風に溶けるようにきえていった。
「あーあ、もったいない。……ねえ、マスター。わたしのことも、あんなアッサリ手放しちゃうの?」
ぐ、いやな質問を。
しょーがねえな。おまえが喜ぶような答えをくれてやるよ。
「ばか言え。そう簡単に、おまえを手放したりするもんか」
ルディーの顔が真っ赤になった。
そして、ミードの顔は真っ青だ。
「え……、まだ解放してくれないんですか?」
そうか、コイツにはルディーの声が聞こえてないんだった。
「オメーじゃねえよ! とっととギルドに帰っちまえ」
ミードは「なんで怒られたの?」みたいな顔をして去っていった。
いや、すまん。
いずれうめ合わせするからさ。