三十六話 いざ、新天地へ
はじかれたように後方にとんでいくセバスチャン。
そのまま船のしたのほうへと消えていく。
ふ~、あぶなかった。なんとかうまくいったな。
「マスター、マスター!」
「大丈夫だ」
かけつけてきたルディーの目にはうっすらと涙がうかんでいた。
「首から血が……」
「ああ。セバスチャンのヤロウ、本気で俺を殺そうとしやがった。一歩まちがえてたらあの世いきだったよ」
首筋を手でおさえて止血する。
そんなに深くは切っていないと思うが。
「いそいで治療しないと」
「ああ、たのむ」
ルディーはすぐさま傷口に妖精のこなをかけてくれた。
おかげで血はすぐに止まり、ひといきつくことができた。
「わたし、もうだめかと思った」
「俺もだ。まさかあそこまで追いつめられるなんて予想外だった」
まったく。元気なオッサンだよ。街から走ってきたワケだろ?
まちぶせの冒険者に多少てまどったとはいえ、こちとら魔法をつかってちょうやくしてきたんだ。そこまで時間はたってなかったハズだ。
とんだ身体能力だ。
「ねえ、マスター。最後なんでアイツうしろに飛んでいったの?」
「ん? ああ、ドライアドだよ。ドライアドの植物をあやつるちからだ」
そうだ。あのちからは想像いじょうに強かった。
「え~っと……」
「麻ってのは植物の繊維でできてる。ドライアドのちからであやつれるのさ」
ロープだけじゃない。着ている服もそうだ。
「足にまとわりついたロープをのばし、セバスチャンの服と絡みつかせる。で、さらにのばして船尾にあるロープにもつなげるってワケだ」
セバスチャンがどうやってロープをあやつっていたかはわからない。だが、ドライアドのちからのほうがはるかに上だった。拘束をとくのだってかんたんだった。
「あー、なるほど。だからマスター、高度を下げるように言ったんだ」
「そういうこと。セバスチャンがよじのぼってきたロープ。あのたれさがったぶぶんを輪っか状にする。それが木に引っかかった瞬間、いっきに引っぱられたってことだな」
もちろん、それだけじゃ不十分だ。引かれる瞬間、すばやく首を刈ってくるかもしれない。まあ、じっさい刈ってきたんだが。
だからセバスチャンの服にはもうひとつ細工をしといた。
肩やヒジがのびないように繊維どうしをからめといたんだ。
つっぱってすばやく動けないようにするためにな。
さて、じゃあ改めて旅のはじまりを宣言するか。
「ルディー、あらたな船出だ。新天地へむけて面舵いっぱい!」
「あいあいあさー。キャプテン」
「目的地は西、たいようのしずむ方角へまっすぐだ。ヨーソロー」
「ヨーソロー!」
※ 中世では麻、あるいは綿で服をつくっていたようです。
ただ、現代では綿は木綿ですが、そのとうじ木綿はあまり流通しておらず、綿といえば絹――蚕のまゆ(シルク)を指すんだとか。
――――――
「キャプテンエム。しずむ夕日がまぶしいです」
うん、たしかに。目的地を北か南にすればよかった。
それなら、朝も夕もまぶしくない。
「ちょうど腹もへってきたし、いったん帰るか」
「さんせー」
船のうえでトマトやパパイヤをかじってはいたものの、それだけじゃ物足りないのだ。
肉やパンがほしいところだが、そんなもんはまだない。
せめて調理したものを食べたい。
そうだ、かまどだ。火入れをしていたかまどをさっそく使ってみよう。
地面に降りたつと扉をせっち。
なかへと入ると、目の前にひろがっているのは、だだっぴろい草原だ。
背後にある扉はふたつ。
いまつうかした扉と、さいしょからあった森へとつうじる扉だ。
「……」
「……」
――しまった!
シンボルツリー横の扉を船にくくったんだった。
なら、でてくるのはとうぜんこの場所。農地ははるか先だ。
農地へとつながる扉はない。だって持っていったんだもの。
「とびら、もっとつくんなきゃね」
「そうだね。つくんなきゃね」
「船もっかい通す?」
「そうだね。歩いて帰るのはイヤだしね」
どうやら明日は船長ではなく、木こりにならんといけないようだ。