三十五話 そらの旅
「ねー、マスターどうするの?」
「う~ん、そうだなあ」
ルディーの問いかけに腕をくんでかんがえる。
ひとまず農場へ帰ってきた。これからどうすべきだろうか?
持久戦では有利とはいったものの、短期てきには不利なんだよね。
追っ手が街からぞろぞろとやってくるから。
ずっと引きこもってスキを待つって手もあるんだけど、時間の浪費だしな。
青春はにどと戻らんのだよ。
それにあの男爵のことだ。森をやきはらうなんて考えないとも限らない。
みえない扉がやけおちるなんてことになれば、ここから一生でられなくなっちまうかもしれんし。
よし! ここは打って出るか。
新天地めざしてGOだ。
そうと決まればさっそく準備。船に食料をつんで、あたらしくつくった方の扉をくくりつける。
扉さえ持っていけばいつでもここに戻れるんだ。のんびり気ままな旅としゃれこもうじゃないか。
「ルディー、いくぞ!」
「ラジャー」
船にのりこみ全速前進。そとへの扉めがけて船をはしらせる。
「あたまを下げろ!」
船は扉の木枠いっぱいだ。ナナメにかたむけ、対角線をとおす。
ガリリ。
船は枠をこすってつうかした。
「ぐえっ」
「なんだ!?」
世界をまたいでも船はうきつづける。風魔法でおしあげ急上昇。
バキリバキリと、しげる木の枝をへしおり船は空へとのぼっていく。
「ねえ、だれか轢いたよ」
しらん。どうせ冒険者だろ。
見上げれば空は快晴、うしろにはグングン遠ざかっていく街。
はっはっは。あばよ!
「マスターどこへいくの?」
「そうだな。国境をこえたその先だな。国がかわれば統治もかわる。そこで成り上がって、成り上がって巨大な権力をえてやるんだ」
「貴族をめざすの?」
「ああ、それもいいかもな。爵位なんざ金とちからがあれば買えるんだ。伯爵、いや、いっそのこと皇帝を名乗っちまうか? こんど帰ってくるときはヒゲ男爵を土下座させてあたまを踏んでやるさ」
「――そんな未来はごめんこうむりたいですな」
とつぜんの声におどろきふりかえる。
すると、ひとりの男が船へとよじのぼってきていた。
「セバスチャン!」
船尾にたなびくのは麻のロープ。
そうか、とびたつ瞬間、あれをからめていたのか。
「逃がしはしません」
セバスチャンは言うが早いか駆けだすと間合いをつめてくる。
クッはやい! シールド!!
見えない壁でなんとか押しとどめる。
「それは見飽きました」
セバスチャンはふところから麻のロープをとりだすと、足元にまいた。その数、三本。
「おれだって見飽きたよ」
シュルシュルとくねるロープに風魔法の刃をたたきつける。かずが増えたところでなにほどのものか!
ガギン。
きみょうな音がした。
なんと切れると思ったハズのロープは一瞬動きを止めただけで、すぐにうごきだすと足にからみついてきたのだ。
なんだと!!
「チェックメイトです」
しまった! ロープに気をとられすぎた!!
セバスチャンはシールドの横から体をすべりこませると、おれの喉元に短剣をつきつけていた。
クッ、ぜったいぜつめいだ。
首筋につたわるのはつめたい刃の感触。
セバスチャンがほんのすこしちからをこめれば、おれの首から血がふきだすだろう。
このきょりではシールドははれない。
圧縮したくうきで吹き飛ばそうにも、足にからみついたロープのせんたんをセバスチャンはしっかりとにぎっている。
「油断しましたね。切り札というのはさいごのさいごまで見せぬものです」
ロープを凝視する。すると麻の繊維のなかに金属製の糸がなんぼんも編みこまれているのに気がついた。
ク~、してやられた。
こうなったら一撃で倒すしかない。
セバスチャンがちからをこめるよりさきに命をかりとるのだ。
狙うのはどこだ?
首か?
目標をさだめる。頸動脈だけではだめだ。もっとふかく神経まで断つ。
そうして精霊のちからを高めようとした瞬間、いやなものが目に入ってきた。
セバスチャンの首もと。キザったらしくたてた襟のおくに、銀色にかがやく帯状のものを見つけたのだ。
金属製のチョーカーだ。くびすじをまもる防具。
チクショウ。これじゃあムリだ。
「三っつかぞえます。それまでに船の進路をかえなさい」
ぐぐぐ。なにかないか。逆転の一手は。
「ひとつ」
なにが切り札だ。麻のロープに金属をまぜこむなんてペテンもいいとこじゃねえか。
――だが、それこそが、その創意工夫こそが人の強さだとわかっていた。
クソッ、負けるのか。おれはこんなところで終わるのか。
考えろ。あるはずだ。おれのなかにも切り札になるなにかが。
「ふたつ」
そのときあたまの中で、なにかがカチリとはまる音がした。
……まてよ。麻のロープか。
「ルディー。船のそうじゅうをたのむ。高度をさげつつゆっくり旋回しろ」
「いいの? マスター」
「ああ」
ルディーは悲しそうな顔をすると風魔法で船を旋回させはじめた。
「……よいこころがけです」
満足そうな表情をうかべたセバスチャンだったが、ふと彼にみょうな違和感があったことに気がついた。
ほんの一瞬、ほんのわずかだがルディーの名前をだしたとき目がおよいだのだ。
まさかコイツ精霊がみえてない?
そういえばルディーのチャームにかからないのも妙だ。彼女はなんとかセバスチャンのジャマをしようと飛び回っていたのだ。
こちらに集中していたとはいえ、まったく反応をしめさないのもおかしな話だ。
ふ、してやられたのは今回だけじゃなかったってことか。
「セバスチャン。ひとつ聞いていいか?」
「なんですかな? 時間かせぎならお断りですが」
「街につくまでのあいだだよ。コサックさん。宿屋のおかみはどうなった?」
「ふむ。そちらを聞きますか。てっきりギルドの首領の件かとおもいました」
ぐ、やはり。ワザと俺を犯人にしたてあげたな。
なんてことはない。貴族の権力争いにまきこまれたのだ。
精霊だのなんだの言っているが、けっきょくは利権。盗賊ギルドを手中におさめるための茶番なのだ。
「おや? その顔は気づきましたかな? やはりあなたはあたまが切れる。ですが、ひとことつけくわえておきましょう。精霊がいなくなった原因をさぐっているのは事実です。あなたをうたがっていることもね。ですが、実りはおおければおおいほどいい。たいせつなのは事実ではなく実利です」
このヤロウ。
はらわたが煮えくり返るが、ここはガマンだ。準備もできていないし、聞きたいこたえも聞けてない。
「もう一度きく。コサックさんはどうした?」
「ふふ。おやさしい。死んでませんよ。地下牢です。娘ともどもね」
そうか。なるほど。
ふ~とおおきく息をはく。もうころあいか。
「それだけ聞ければ十分。男爵によろしくな」
「なんです? ごじぶんの口で――」
その瞬間、セバスチャンはすさまじい速度でうしろへ飛んでいった。