三十四話 近くて遠い扉
「はあ、はあ、はあ」
口から心臓がとびだしそうだ。もう走れない。
なんとかたどりついた森の中、木に背中をあずけて呼吸をととのえる。
追っ手はだいぶ引きはなした。いずれ追いつかれるだろうが、すこしばかり休むじかんはあるだろう。
仕切りなおしだ。
いったん農地へかえって対策をねる。
あそこには水もあるし食料もある。さいあく持久戦にもちこめば、勝ち筋もみえてくる。
「あぶない!」
強風がふいた。ザザザと木々が葉をゆらす。
と、どうじに俺のすぐとなりの木の幹に矢がささった。
「くそ、はずした」
みれば弓をもった冒険者らしき姿がある。
それもひとりではない。すくなくとも五人はいそうだ。
「なにやってんだ。おめえは」
「いや、急に風が……」
冒険者どもがなにやら言い合っている。矢をいったのはひだりはじのヤツか。
あぶなかった。危険をしらせてくれたのはピクシーだ。
風で矢のきどうをそらしてくれたのも彼女だろう。まともにくらってれば、いまごろオダブツだったかもしれない。
よくもやってくれたな。
冒険者たちに圧縮したくうきのかたまりを放つ。
「ゲボッ」
「え? なん――」
きょりが遠く、いりょくはイマイチだが、彼らはなすすべなく吹きとばされていく。
這いつくばり、うめきごえをたてる冒険者たち。
トドメをさしたいところだが時間がない。いまはすこしでもはやく扉までたどりつきたい。
ピーと笛がなった。近い!
「いたぞ」
「囲め」
ぞろぞろとすがたをみせる新たな冒険者たち。
みな驚くほど軽装だ。
どうみても魔物とのたたかいを想定していない。俺を殺すためだけに、かりあつめられたんだろう。
しかも、こいつらは街にいたヤツラじゃない。
あらかじめこのあたりに潜んでいたんだ。
森のようすがいつもと違うと思ったのはこのためか。
クソッ、ずっとつけられていたんだ。
だいぶまえから出入り口をさぐっていたんだ。
たとえ扉がみえなくても、俺のすがたが消えたとなれば察しがつく。
街までおびきよせてから、いっせいに動きだしたんだ。
「ぜったいに逃がすな!」
「金貨1000まいだぞ」
――1000まい!?
誰かがもらした情報におどろく。
あの男爵、おれに懸賞金をかけやがったのか。
しかも、なんてばかげた金額なんだ。金貨1000まいの賞金首なんて聞いたことがない。
みんな血眼になるハズだ。
「追え! 追え!」
木のすきまをぬうように逃げていく。
ときおり風魔法ではった障壁を矢がはげしくうつ。
まずいぞ、まずいぞ。
いまはまだ全身をすっぽりと覆うほどのシールドははれない。精霊力がたりないんだ。
ひだりは俺がはって、みぎはルディーがはる。それでなんとかしのいでいるものの、前後はがらあきだ。これじゃあそのうちあたっちまう。
「まわりこめ!」
「ぐおっ、足が」
風魔法だけでなく、土魔法のおとしあなも駆使してかけていく。
だが、扉になかなか近づけない。むしろ遠ざかってしまっている。
クソッ、どうする?
トルネードでいっきにけちらすか?
いや、木がジャマでいりょくを発揮できない。
発動後のスキをつかれるとマズイ。
イチかバチかちょうやくするか?
ちゃくち点も見えず、しげった枝葉にぶつかるきけんもあるが、このままマゴついているよりマシだ。
そうして、きけんな賭けにでようとした瞬間、冒険者たちから悲鳴があがった。
「うわっ!」
「くそ、なんだ?」
「木が!!」
周囲の木々がうねっていた。
うまっていたハズの根は隆起し、見上げる者の足をからめとる。
しなった枝ははじけ、たちつくす者をうちすえる。
たれさがったツタはヘビのようにまきつき、矢をつがえる者の自由をうばう。
ドライアドか!
意志をもった木々が、冒険者をおいつめていた。
これがドライアドのちから……
しげみに手をかざす。
地表を這うほそいツルは、みるみる伸びてからみつき、一本の太いイバラのムチとなった。
ハハッ、コイツはすごいぞ。
植物をあやつるちからか。
もう負ける気はしない。すくなくとも森のなかでは。
森におそわれ大混乱の冒険者たちをしり目に、ゆったりと扉まですすみ中へと入っていった。