三十話 消えたハンマー
きょうは扉をつくりたいと思う。
ほんとうは精霊と契約しまくってブイブイいわせたいところだが、そうはうまくいかない。
精霊はきほん興味がないと、いくら呼びかけてもスルーするのだ。
なんというのか、ムシしているというよりまったく聞こえてない感じ。
姿だってそうだ。いるような気配がしても、みえない。世界がズレているような感覚だ。
むこうが興味を持って、はじめて世界がまじわるみたいな。
けっきょくのところ、自然とむこうから集まってくる場所をつくるのが、一番の近道なんだと思う。
そのためにも、庭をせいびし、農地を拡大する。
まずはこくたんの木をさがす。
幹がデコボコとしておらず黒みがかったやつだ。葉っぱは縦長でツヤツヤと光沢がある。
あった。これこれ。
さっそく風魔法できりたおす。
ザク、ザク、ザクっと。
さすがに一発できれたりはしない。斧とおなじように何度もあてて、きりたおすのだ。
あとは細くするどい風の刃を連続でだし、かすめるように削っていく方法もあるのだが、これはけっこう疲れる。それにかなり近づく必要があるし。
先は長いんだ。なるべく省エネかつ安全でいこう。
空にうく白い木とちがい、よこにたおれるんだ。はさまれでもしたらシャレにならん。
きりたおせたら、まっすぐな棒と板状に加工する。枠と扉ぶぶんだ。
これで材料は完成。
さっそく扉のかたちにするべく、ハンマーとクギをふるう。
……あれ?
ハンマーがない。
たしかここに置いておいたハズ。
こまったな。コサックさんとこから借りた、だいじなハンマーなのに。
まわりをみわたす。
すると木にたれさがったツタにからまるハンマーを発見した。
おかしいな。あんなところにひっかけたかな?
まさか風魔法で飛んでいった? いや、だとしてもそんなうまくひっかかるもんかね?
いまいち釈然としないが、ハンマーがないとクギがうてない。近づいていってハンマーに手をのばした。
そのときだ!
ブン。
ハンマーがひとりでに動いたかと思うと、俺のあたま目がけてふりおろされたのだ。
あぶな!
ギリギリでかわす。
「クソッ、だれだ!」
意識を集中する。
するとハンマーをにぎる女性のすがたがうかびあがった。
そのかたちは上半分は人間にちかいものの、ヘソから下は樹皮のようにザラリとした肌をみせる。
頭部からは木がはえ、まるで葉っぱで編んだかんむりのように枝葉をしげらせている。
木の精霊ドライアドか!
彼女の表情から読みとれるのは怒りだ。
木をきりたおしたことに腹をたてているのか?
「まって、おちついて。まずは話し合おう」
ダメもとで話しかけてみる。
こんかいは契約を考えない。とにかく怒りをおさめてもうことに集中する。
かれらは喋れないし、文字をもたない。意思そつうがむずかしいのだ。
ドライアドはこちらをジッとみつめている。
それからしばらくすると、ポイっとハンマーをなげて森のおくへと去っていった。
ふー、たすかったか。
あいかわらずなにを考えているかわからないな。
かれらは敵に回すと極めてやっかいだ。朽ちはてるまで攻撃の手をゆるめようとしない。
それだけではない。まわりの木に干渉して、じざいに操ったり、分体のようなものをつくったりと対処がむずかしいのだ。
ドライアドは精霊と名がつくものの、いまだかつて契約した召喚士はいない。
契約は両者の合意のもと、はじめてこうりょくをしめす。
あいての求めるものが分からないと条件をていじしようがないのだ。
これいじょう刺激しないようにここを離れるか。
しかし、そのとき心の中でべつの気持ちが芽生えた。
――追ってみろだ。
なぜだかわからないが、追うべきだとなにかがどこかでうったえている。
意を決すとドライアドが消えたほうへすすんでいった。
森は濃くなり、たちならぶ木々がひかりをさえぎっている。
しめった空気があおくさいコケのかおりをはこんでくる。
やがて大きな木へといきついた。
見上げればてっぺんははるか高く、その幹の直径は五メートルは下らない。とてもとても大きな木だ。
しかし――
ついた葉っぱはすくなく、しろく濁っている。
枝はなかほどで折れ、幹に手をふれてみると、樹皮がボロボロとはげおちた。
この木は朽ちようとしている……
ふと横を見ると、さきほどのドライアドがたたずんでいた。
その顔はとても悲しそうにみえた。
なるほど。なんとなく読めてきたぞ。
周囲のじめんをさぐる。
すると、おちた枝葉にうもれた、いっぽんの苗木をみつけた。
これか。
俺はドライアドにむかって語りかけた。
「おまえはこの苗木をべつのところへはこんでほしいのだな」
ここは光が届かない。苗木がこのまま成長するとは思えない。
「よし、とりひきだ。俺がせきにんもって日のあたる場所へと、うつしかえる。だから力をかしてくれ。俺と契約してくれ」
そのことばを聞いたドライアドはシーと歯をむきだしにすると消えてしまった。
あれ!?
ちがうのか。やっぱり契約はむりなのか。
庭のちかくに植えようと思ったんだがなあ。
これから庭も農地もおおきくなる。苗木もいっしょにそだってくれればと……
――いや、まてよ。そだつ、そだつか。
かがみこむと苗木を凝視する。
すると、じょじょに米粒ぐらいのおおきさのドライアドがみえてきた。
やはりか!
さきほど見えていたドライアドは巨木がうみだしたものに違いない。
おそらく巨木とともに朽ちていく。
そんなものと契約しても意味がないのだ。
契約すべきはこのちいさなドライアド。
芽吹いたばかりの若いいのち。
「俺とともに行こう」
苗木に語りかける。
「ちゃんと根をはったら、そのときあらためて問おう」
それだけ言うと苗木の根を傷つけないように、おおきく土ごとほりあげた。
そして巨木に背をむけると、庭へとむかっていった。