二十六話 別視点――執事セバスチャン
〇三人称セバスチャン視点
「旦那様。なぜお止めに?」
「まだ分からないことが多い。しばらく泳がせてようすを見よ」
セバスチャンはあたまを下げると、いましがた去っていった青年のあとを追った。
どうやら一般区へとむかっているようだ。彼は街路樹をひだりに折れ、水路のわきを進んでいく。
そのようすは落ち着かない。たえずうしろを振り返り、つけられてないかを確認している。
どうも臭う。隠しているなにかを突き止めねばならない。
セバスチャンは執事だ。だが、そのしごとは多岐にわたる。
主であるリール・ド・コモン男爵のせわはもちろん、護衛すらもつとめる。そして、もっとも重要なのが害虫駆除だ。
これまでセバスチャンは、男爵にとってつごうの悪いもの、敵となりそうなものを人知れず摘みとってきた。
今回はどうであろうか。
危険があれば処理する。害虫駆除は、はやければはやいほどいいのだ。
現在、この国はおかしな現象にみまわれている。
精霊が消えたのだ。こんな事態はいまだかつてない。
国は原因究明にあたった。しかし、とくていには至っていない。
学者どもはいう。
大規模な異常気象、地殻変動のまえぶれではないかと。
それは否定できない。だが、そのまえに最も疑うべきものがあるはずだ。
ひとの手によるものだ。不注意、あるいは意図的に引きおこした破壊こうさく。
ならばまっさきにおさえるべきは精霊召喚士だ。わが男爵家は、国にいるすべての召喚士を監視下におくべく調査をはじめた。そのリストのなかにエムの名前もあったのだ。
最初は気づかなかった。
リストにあっても顔まではわからない。
新米冒険者が依頼をはたしにきたと思った。
そもそも、あの配達依頼、稼げない新人の救済と、将来有望なあたまのきれる冒険者をみつけだすためにつくられたものだ。
しかし、この依頼をはたしにきた青年、どうもようすがおかしい。
新人にしては若くはない。食うに困った魔法使いにしても、せっぱつまった雰囲気がないのだ。
そうかんがえると、すべてがおかしく思えてくる。
自身が手がけた庭も、どこかようすがちがってみえる。
そんなとき、部下のひとりから合図がはいった。依頼をうけたのは精霊召喚士だと。
これで合点がいった。彼のもくてきは依頼達成の金銭ではなく、べつにあるのだと。
彼を注意深くかんさつする。
ことばづかいから知的水準をおしはかる。
それから視線を追った。バラやラベンダー、ラズベリーをゆびさし、おべっかをつかう彼の視線を。
そこで気がついた。さししめす方向と視線のさきにズレがあることを。
これだ。違和感の正体は精霊だ。
彼は精霊をつかってなにかをたくらんでいる!
あとはカマをかけてやればいい。
みえてる風をよそおってやればいい。
ほら、アタリだ。あきらかにようすがおかしくなった。
セバスチャンは青年を追う。こんかいの事件に彼がかんよしているとの確信をもって。
やがて青年は街のそとにでた。ますますもって怪しい。
ひとけのない森にはいっていく。このあたりにアジトでもあるのだろうか。
そうして彼の背をおっていた瞬間、セバスチャンはこれまででもっとも不可解なげんしょうにみまわれた。
彼がこつぜんと姿をけしたのだ。
まるで煙のようにいなくなった。周囲をみわたしても、うっそうと茂る木々しかなく、地面をしらべても穴のひとつもない。
これは取り逃がしたか。
セバスチャンは顔をしかめた。
……まあいい。本人がおらずとも、そのとりまきに尋ねればなにかがわかるはずだ。
「そんなところに隠れていないで、でてきたらいかがかな?」
セバスチャンは背後にむかって問いかける。
青年をつける自分のさらにあと、距離をたもってついてくるふたつの気配を感じとっていたのだ。
ゆらりと木の陰から、ふたつの人影があらわれた。
手には短刀。ずきんで顔をかくし、こちらをジッとみつめる。
追いはぎ? いや、ちがう。あの目は感情をころし、規律をおもんじる狂信者の目だ。
盗賊ギルドか。
ふたつの人影は短剣をかまえてジリジリと距離をつめる。
危害をくわえようというのはあきらかだ。
ふん。舐められたものだ。このセバスチャン、老いたとはいえ盗賊ふぜいに遅れをとったりせぬわ!
セバスチャンは髪をかきあげると、盗賊にむかって駆けだした。