二十五話 虎の尾をふんだのは?
「え? なにがですか?」
すかさずとぼける。
しかし、あぶら汗がとまらない。
なんでこの執事はノームが見えるんだ?
ふつうのひとには精霊なんか見えやしない。魔法使いでもなんとなく感じるていどだ。
例外は依り代をつかい召喚したときぐらいだ。
精霊が身をよせる核となる物質をつかい召喚する。実体をもつのとどうじに大きな力をはっきできる。
これならふつうの人にも見える。
だが、こんかい依り代なんかつかっていない。見えるハズがないのだ。
まさか、セバスチャンも召喚士?
いや、身にまとう気配は武人のものだ。しかも諜報や暗殺といった闇にひそむものに似ている気がする……
「なんだ? なんの話だ?」
そう言ってきたのは男爵だ。やはり男爵には見えていない。
たぶんこの執事が特別なんだ。なんてやっかいな。
俺はセバスチャンを見ると、目でうったえる。
言うな。言うんじゃない。バラしたらメチャメチャうらむぞ、と。
するとセバスチャンはほほえみ、ゆっくりとうなずいた。
「旦那様。この者、精霊召喚士のようです」
バラすんか~い!!
「ほう、精霊召喚士とな」
「はい」
やめてくれ。俺をそっとしといてくれ。
「して、なぜわかった? 精霊がいずこかへ消えてずいぶんとたつ」
「それは――」
「わー!! 〇▽×ほヴぃhdg」
言わせてたまるか。これ以上は、なんとしても阻止してみせる。
「じつはあの草むら――」
「ラララ~♪ るるる~♪」
「この若者は――」
「イタイタイタイ。お腹が! おなかが~!!」
セバスチャンはジトっとした目をむけてきた。
しるか。もう、なりふりかまってられんのじゃい!
「帰る! ぼくもう帰る!!」
スチャっと席をたつと門にむかって歩きはじめる。
背後で「あ、こら。待ちなさい」とか聞こえるがぜんぶムシだ。
「待てというに」
誰かが背後にせまる気配をかんじる。たぶんセバスチャンだ。
つかまってたまるか。土魔法でボコっと落とし穴をほった。
「よい。行かせてあげなさい」
男爵の声がひびいた。
ふりむいてみると、セバスチャンは目前まできていた。落とし穴はかわされたらしい。
完璧なタイミングだと思ったんだが。
「いいんだ」
ふたたび男爵が言った。
セバスチャンは優雅に礼をすると、クルリと背をむけて去っていった。
ふー、たすかった。
「エム君。依頼たっせいの報は、こちらからギルドにつたえておこう。もしこまったことがあったらまた訪ねてくるといい。力になろう」
さらにつづく男爵のことばに血の気がひく。コイツ俺のなまえを!!
ギルドからまっすぐ来たんだ。だれかが知らせるにしても早すぎる。
くそう。だから貴族とかかわるのはイヤなんだ。
背後に意識をそそぎながら門までいくと、麻袋をかいしゅうし、男爵の邸宅をあとにした。
――――――
ぶじに精霊の世界へとかえってきた。
白い丸太にまたがり、ほげーっと空をすすんでいく。
「メンドウなことになったなあ」
貴族に目をつけられてしまった。
男爵のふんいきでは、いますぐどうこうするつもりはなさそうだけど。
でもそれもアテにはならない。
貴族はいつだって言ってることとやってることが違うものなのだ。
それにコサックさんのほうも気になる。
こちらもどうもキナくさい。杞憂でおわってくれればいいんだけどなあ。
まあ、ピクシーの報告しだいか。
あせってみてもしかたがない。ほかにもやることはいっぱいあるのだ。
でもまあ、悪いことがあればいいこともある。
農園に着いておどろいた。なんとパパイヤの木に花がついていたのだ。
果樹園に植えたくだものはパパイヤとマンゴーのふたつ。
どちらもすぐに芽をだすと、ぐんぐん育っていった。
しかし、このふたつ。植えた時期はおなじだが、あきらかに成長に差がある。
みるみるうちに背が高くなっていくパパイヤにくらべ、マンゴーはゆっくり大きくなっていく。
花をつけるどころか、まだまだ若木といった印象だ。
「まだまだこれからだな」
農園をつくってまだ数日。これからも収穫物はふえていくだろう。
しっかりとした買い手をみつけなければいけない。それとジャマされないつよい力も。
おれたち精霊召喚士は契約する精霊がふえればふえるほどつよくなっていく。
精霊からの力の流入がおこるのだ。
ほんのすこし、されど積み重なればすごい力となる。
力をもとめて対価をはらいきれず破綻した召喚士は数しれない。
それで没落した貴族もいるぐらいだ。
だが、俺にはこの農園がある。対価がふえようと得た精霊にひれいして収穫物はふえていく。
力だ。個の力、集団の力、金の力。いずれすべてを手に入れてみせる。
いまにみていろ……