二十話 かんざし
パアンとメンドリ亭の扉をひらく。
「コサックさ~ん。やくそくの品だよ」
テーブルをキュッキュとふいているコサックさんと目があう。
足の長さがあってないのか、テーブルはふくたびにガタガタと音をたてている。
あー、この店、古いもんな。
女将どうようイスやテーブルにもガタがきてるのだろう。
「え! ヤサイ? もう持ってきたのかい?」
コサックさんは目をかがやかせると、パタパタと足音をたててよってきた。
現金なものだ。タダだけに食いつきがちがう。
その視線は俺なんかもう見ていない。ヤサイが入っている麻袋にくぎづけだ。
「はい、これ。ジャガイモにキュウリにトマト。どれもとれたてだよ」
テーブルのうえに麻袋を乗せると、なかみが見えるように縛っていた口をひらいた。
「おー、いいツヤだねえ」
ヤサイを手にとり品質をたしかめるコサックさん。
めちゃくちゃ嬉しそうだ。
それを見てこちらも自然と笑顔になる。
金にならないとはいえ、作った作物を褒められるのは俺だって嬉しいのだ。
「タダだからってクズヤサイを持ってこられたらどうしようかと思ってたんだよ」
いや、だからアンタいつも一言多いのよ。
ありがとうで終われんもんかね。
「ところでコサックさん。テーブルとイス、だいぶガタがきてるみたいだね。よかったら修理しようか? もちろん手間賃はもらうけど」
その言葉を聞いてコサックさんは「ええ? 金をとるのかい!」みたいな顔をした。
いや、払えよ。
現金収入がなけりゃツライんだよ。
そのヤサイを受け取ったら数日は買ってくれないじゃん。
「しょうがないねぇ。あんたにだって生活があるもんね」
いやいやいや、なんで俺がゴネたみたいになってんの?
つくづくありがとうが言えないババアだな。
「いや、べつにムリに直さなくたっていいよ。俺だってヒマなワケじゃないし」
「ああ、ごめんごめん。そんな意味じゃないんだ。うん、あんたにお願いするよ」
まったく。
大工道具をかりると、トンテケトンと修理する。
はっきりいってテキトーだ。
ほんかくてきな修理の知識なんて俺にはない。
それでも、ゆるんだ木を締めることはできるし、長さがちがってガタついたテーブルの足をそろえることもできる。
なにせ風魔法があるのだ。カットだけなら、そんじょそこらの大工よりよっぽど早くて正確なのだ。
「じゃあ、たのんだよ」
コサックさんはそう言うと、麻袋をかかえ調理場のほうへ消えていった。
よし、いまだ。
ミッションスタート。
俺がゆびでGOサインをだすと、耳元で「ラジャー」の声がきこえた。
ピクシーだ。隠ぺい術で姿をかくした彼女がコサックさんにはりつき、その動向をさぐるのだ。
俺は家具作り、ルディーは潜入捜査。
しっかりと役割分担をこなし、最高のけっかをだす。
修理をかってでたのだって、ちゃんと意味がある。
ふだんなにげなく見ているものでも、いがいなほど構造をしらないものだ。
こうして手にとり、じっくりとながめることで新たな発見がある。ピクシーの家具作りに生かせるというものだ。
あとはクギだな。
工具箱に入っているやつを何本かいただいてしまおう。
鉄はけっこう高いのだ。
トントントン。トンテケトン。
こんなもんか。
コサックさんのデカケツでもキシまない程度に木を締めると、デカケツ女将をよぶ。
ほどなくして彼女が、調理場からすがたをみせた。
「はやいね。もう修理できたのかい?」
「プ」
思わず笑い声がでてしまった。
コサックさんのあたまにジャガイモの皮が突きささっていたからだ。
ピクシーのイタズラだな。まるでかんざしのようにキレイに髪の毛を彩っている。
そのセンスに脱帽である。
「なんだい?」
「いや、なんでもないよ。コサックさんも頑張ってるんだなーと思って」
「あたりまえだよ。お貴族さまでもあるまいし、働いてなきゃ食っていけないよ」
たしかにそうだ。この世界はきびしい。
俺もしっかりと働かないとな。
「じゃあ、コサックさん。俺、そろそろいくよ」
「ああ、またしばらくしたらおいで。なるべくあんたんとこで仕入れるからさ」
パタンと背後で扉がしまると、おおきく伸びをした。
さて、つぎは花のタネだな。
野に咲く花でもかまわないが、どうせならオシャレで蜜が高く売れる花がいい。
バラ、ラベンダー、クローバー。
あとは……そうだな、ブルーベリー、ラズベリー、グランベリーなんかも庭木のアクセントとして入れてもいいだろう。
問題は入手先だが……やっぱあそこしかないか。
――貴族の邸宅。
専属の庭師がいるあの場所ならいろいろ手にはいるだろう。
あんま関わりたくない人種なんだけどね。
ふ~とため息をつくと、貴族の住む一等区へと足をむけた。