十七話 疑問
シルフに商品を売りつけて次の日、俺は木を加工していた。
風魔法による加工だ。斧をつかわずとも手をかざすだけで、シュパパパと切れていく。
う~ん、楽。
テーブルをつくり、イスをつくる。それからベッドもつくった。これで安眠まちがいなし。
木が乾燥していないのが気がかりだけども、それは年単位になる。どうにもならない。
とりあえず使えればいい。
気がかりといえばもうひとつある。なにか気もちがモヤモヤするのだ。
昨日はあんな楽しかったのに、なんかモヤモヤしたものが、こころのどこかに残っている。
なんだろう。
復讐して後悔している?
――いや、そんなことがあろうハズがない。殺したワケじゃあるまいし。
じゃあ、手ぬるかった? いや、それもちがう。しっかりとやり返したうえで、こちらにチョッカイだせない状況に追い込んだ。これ以上は高望みというものだろう。
ではなんだ?
ん~、考えてもわからん。いまはするべきことをコツコツやっていくしかないか。
つぎにすることは作物の運搬だ。
白い丸太を舟の形に加工して、荷物をたくさんのせられるようにするのだ。
舟にのってスイ~、スイ。空に浮く舟だ。風魔法でカジをとれば運搬のうりょくは飛躍的に高まるだろう。
そうだ。荷物といえば、コサックさんに報酬を払わなければならない。
コサックさんにはお世話になった。
ジェイクに俺のことをバラさなかったし、口は悪いが信用できるかもしれない。
これからも彼女とは、よきお付き合いを……
ここで、ふと引っかかりを覚えた。さきほどのモヤモヤと同じ感覚だ。
なんだろう、なにか見落としてる気がする。
……
「あ!」
そうだ。ジェイクだ。なんでコサックさんはジェイクのことを知っていたんだ?
ジェイクたちから逃げてメンドリ亭にきたんだ。コサックさんが知るハズもないじゃないか。
俺が冒険者だってことは話した。もちろんパーティーを組んでることも言っている。
ジェイクの名前をだしたかどうかは覚えてない。でも問題はそこじゃない。
たとえ名前を教えていたとしても顔までわかるはずがないんだ。
あのときコサックさんは言った「いまのあんたなら言ってもかまわないかな? 聞いてきたのはジェイクだよ」と。
そんなのジェイクのことを前から知っていなきゃでない言葉じゃないか!
これは問題だぞ。大問題だ。
いまのところ収入源はコサックさんにたよっている。
べつの顧客をみつけるにしても、さきだつ資金はいる。
なにより目立たぬように販路をひろげるのが基本ほうしんだ。
これじゃあ安心して商売ができない。
理由をさぐらないと……
そのときブーンとなにかが頭の上を通った。
おどろき見上げると、一匹のハチ。
そのまま飛んで森の奥へと消えていった。
ずいぶんと、かわいらしい大きさだった。たぶんミツバチだろう。あちらに巣でもあるのだろうか。
とうぜんのごとく、この世界にも虫はいる。受粉をたすける彼らは作物の育成には欠かせないそんざいだ。
なかでもミツバチは花のみつを集めるさいに花粉をあちらこちらと運んでくれる。
「そうだ! 養蜂なんておもしろいかも」
花をたくさん植えればミツバチもくるだろう。そこに箱をおけば巣をつくり、あま~いハチミツが取りほうだい食べほうだいになるんじゃないか?
よ~し、調査だ。さっそくハチの飛んでいったほうへと向かってみる。
ほどなくして、ブーンとハチが羽ばたく音が聞こえてきた。巣が近いのだろう。
木の上、ヤブのなか、草むら、音をたよりに探っていく。
『ブーン』――どこだ?
『ぶおーん』――ないな……
『ばオォ~ん。カチカチカチ』――カチカチ? なんか物騒な音が上の方から……
そっと見上げる。すると俺のあたまの三倍はあろうかという茶色の球体が、木にぶらさがっているのを見つけた。
ハチの巣だ。しかし……
「なんかデカくね?」
巣だけではない。そのまわりにいるたくさんのハチたちも、あきらかに大きい。だいたい俺の親指サイズなのだ。
どうみてもミツバチではない。
これスズメバチじゃん……
カチカチカチ。スズメバチは、それ以上近づくなと威嚇音をだす。
コエエ。
「こういうときは刺激せずこっそりと」
自分に言い聞かせるように、ゆっくりと後ろへ下がる。
そろり、そろり。
――しかし、そのときだ。
どこからともなく石が飛んできたかと思うと、パチコーンとススメバチの巣に直撃したのだ。
ばおおおお~ん!!
怒ったのはスズメバチだ。いっせいに飛び上がると、こちら目がけて突進してくる。
「ぎゃああ~」
いちもくさんに逃げる。
ザクリ。棍棒でなぐられたかのような衝撃があたまを襲う。
めちゃくちゃ痛い。一匹でこの威力。このままではほんとうに死ぬ。
そうだ、風魔法。
「とりゃ!」
後方に見えない盾をはる。
カツン、カツン、カツンと、毒針が盾をたたく音が響く。
コエ~。まじこええ~。
「あいたぁ!」
太ももに激痛がはしった。
見れば一匹足にとりついており、さらにもう一刺しくりだそうと巨大な針を構えていた。
「せいや!」
そうはさせるかと手ではらう。
なんとか撃退。しかし、そのスキに別のハチがよこから飛んできた。
ヤバイ! こうなったら、くらえトルネード!!
暴風が周りをつつむ。木々は葉を散らし、空へと舞い上げられていく。
スズメバチも同様だ。一匹残らずどこかへ飛ばされていった。
危なかった。
しかし、だれだ? 石を投げやがったやつは。
「あはは」
笑い声が聞こえた。
みれば木の陰からこちらを覗き込む人影がある。
そいつの大きさは手のひらほど。短くそろえた緑の髪に、クリッとした目。
背中には透き通った蝶のはねがあり、身につける薄い布はピチピチで、やけに体のラインを強調させている。
セクシーだ。
いや、違った。ピクシーだ。それも女。
「おまえか、石を飛ばしたのは?」
「ふふふ、そうよ」
そう言って髪をかき上げるピクシーは、まったく悪びれるようすはない。
けっこうシャレにならない事態だったんだが、そんなことは気にもかけていないようだ。
――カチンときた。だが、ここは抑える。
ピクシーは精霊の一種だ。妖精族に分類され、思考が比較的ひとに近い。
かれらの多くは好奇心がおうせいで、こうやってイタズラをしかけ相手の反応をみるのだ。
しかし、なんかいつもと違う。
たいていはイタズラだけで、姿をみせたりしないのだ。
わざわざ出てくるってことは、気をゆるしたか、訴えたいなにかがあるってことだ。
俺は服のホコリをはらうと、ゆっくりとした口調でたずねた。
「なんか俺に用か?」
「へー、意外。怒ってないんだ?」
怒ってないワケねーじゃん。
でも真っ先にあたまに思い浮かんだのは契約だ。そして、コサックさんの件だ。
ひとに近い妖精族、とくにピクシーは意志の疎通がしやすい。おまけに隠ぺい術に長けており、情報収集にはうってつけなのだ。
「いや、怒ってる。でも行動におこすのは話を聞いてからだな」
キリリと顔をひきしめ、できる召喚士をアピールする。
相談ごとと引き換えに、契約にひきこむのだ。
「へ~」
ピクシーは真剣な表情になると、こちらをじっと見つめてくる。
負けずと見つめ返す。
……それにしてもスゴイ色気だな。
ちっちぇーくせにムチムチボインだ。
「あなた、すごい見てくるわね」
「まあね。真剣な話をするときは相手の目をみるもんだ。あるんだろ? なんか大事な話が」
「ふふふ、それにしては目線がすこし下のような気がするけど」
げ、バレた!
「まあいいわ。じつはあなたのこと、ちょくちょく見てたのよ。おあいこね」
そういってピクシーはウィンクするのだった。