十四話 風のささやき
ジェイクがここに!
まさか俺を追って?
ドクンドクンと心臓が脈打つ。胸がおさえつけられたかのように、息がくるしくなる。
なぜだ? 場所がバレたのか?
精霊がいなくなって肩身がせまくなったころ、すこしでも顔をあわせたくないと、ひとりだけ違う宿に泊まってたんだ。
あとをつけられないようにも注意してた。
クソッ、いまさら俺に何の用があるってんだ。
荷車をひく俺をリアカー(荷台ヤロウ)、リアカーと罵っただけじゃあ足りないってのか。
素材の剥ぎ取りがおそいと、魔物の内臓をなげつけるだけじゃ足らないってのか。
まさか商売を嗅ぎつけられた?
いや、それはない。いくらなんでも早過ぎる。
考えてみても、理由なんてわかりゃしない。
でも、自分にとってよくないことなのは確かだ。
もし、商売をしられて難クセつけられたらどうする?
戦うか? いい機会だと復讐するか?
いや、ムリだ。権力も力もぜんぜん足りない。
召喚のできない俺に勝ち目なんかあるハズがない。
「エム、だいじょうぶかい?」
心配そうに顔をのぞきこんでくるコサックさんの言葉で、われにかえった。
ながいこと考えてたのだろうか、にぎりしめた手から流れる汗がポタリポタリと床へおちていた。
「ゴメン、あんたまだ立ち直ってなかったんだね」
つづけて耳に入るコサックさんの言葉。その言葉にやたらと腹が立つ。
あたりまえじゃないか。そう簡単にのりこえられるか。
たしかに、やるべきことに夢中でそれどころじゃなかった。
つぎつぎとまいこむ幸運に、気持ちが高ぶっていた。
でもそんなのはまやかしだ。こころのふかいところへ押しこまれたにすぎない。
ああ、そうさ。あのときの苦しみや憎しみは、まだ奥底でくすぶっている。
ジェイクの名前を聞いたとき、それがはっきりわかった。
ぜったいに、ぜったいにこのままではすませない。
なんらかの報いをうけさせないと終われない。
復讐なんてなにも生まないなんてバカなこと言うやつだっているが、そうじゃない。言い返せなかった自分、そのときなにもできなかった自分が嫌なんだ。
そんな嫌な自分と決別するため、たちむかうんだ。
方法なんてどうだっていい。とにかくアイツに思いしらせてやるんだ。
それでこそ俺はまえへすすめるんだ。
ぐっと歯をくいしばると、がんばって笑顔をつくる。
「いや、いいんだ。それより俺のことはジェイクに言ってない?」
「ああ、もちろん言ってないよ。でも、あの様子じゃまたくるかもね。なんかしらないけど、やけに食い下がってたからね」
くそう。こうなったら力をつけてなんて、ゆうちょうなことは言ってられない。
早急に手をうたないと……
――――――
丸太にまたがりスイ~、スイ~と空をすすむ。精霊の世界へとかえってきたのだ。
販路を確保すべくメンドリ亭いがいにも営業をかけるつもりだったが、とりやめだ。そんなヒマはない。
さいわい持ってきた作物はコサックさんがぜんぶ買いとってくれた。
おわびの気持ちもあったんだろう。
それにしても……
早急に――なんていったものの、どうすればいいのか。
ジェイクは性格は悪いが、かなりつよい。
ちから自慢で、腕も太く俺のふとともぐらいある。
歳はだいぶ上で、三十ちょっと過ぎだったか。
ヒゲずらのむさくるしい顔だが、意外にととのっており、女には妙にモテる。
それがよけいに腹立たしい。
ああー、くそう。
ジェイクひとりとは限らないのか。残ったメンバーぜんぶ女だ。へたしたらやつら全員でくるなんてことも。
あー、ぜんぜん勝ち目なんてねえじゃねえか。
これじゃあ魔法があっても焼け石に水だ。
――じつはノームと契約してすぐ魔法の検証をしていた。
もとの世界でも使えるかどうかだ。
けっか地の魔法だけは使えた。世界をへだててなおノームの力は健在だったのだ。
しかし、威力はおおきく劣る。いっしゅんで家をたてるなんて無理だった。せいぜい落とし穴をつくるぐらい。
時間をかければそれなりのこともできるが、戦いにはむかないだろう。
それでも、さいわいなことに召喚術は可能だった。ノームを呼びだすことができたのだ。
が、やっぱり力はそれなり。もともとノームは戦闘向きではないのだ。
「……」
なにかが聞こえた。
ひとのささやき声のようでもあり、風がゆらす木の葉ざわめきのようでもある。
あたりをみまわす。
なにもみえない。やはり気のせいだったのだろうか。
「……ねえ」
つむじ風が舞った。ほほを叩く砂に目をほそめる。
「ねえ、ってば」
こんどは確実に聞こえた。声をたよりに、でどころをさがす。
――いた!
透きとおってかなり見ずらいものの、ひとの輪郭らしきものが宙にういているのをみつけた。
意識を集中し、魔力をたどる。
すると徐々に、うすい布をはおった美しい少女のすがたが浮かびあがってきた。
これは珍しい。シルフだ。
風の精霊シルフは精霊のなかでも特に移り気で、あつかいづらい。
きわめて嫉妬心がつよく、勝手に惚れては理想と違うと腹をたてるのだ。
しばしば、木こりが被害にあったと耳にする。
ぜひとも契約したい。
しかし、細心のちゅういを払わなければならない。
召喚士とて、もてあますほどの気分屋なのだ。
ヘタに色恋ざたになれば、どんな逆恨みをうけるか分かったものではない。
できれば金品でカタをつけたいところだ。
「ねえ、ねえ。キミ精霊つかいだよね」
「うん、そうだよ」
めちゃくちゃ笑顔で返事をした。
第一印象がすべてだとエラい誰かが言っていたのだ。
「わたしさ~。恋にいきる女なんだよね」
「わーステキダネ」
さっそく雲行きがあやしい。
なにもしていないのに壁際まで追い込まれている感がある。
「やっぱり恋って障害があるほど燃え上がるじゃない?」
「ウン、ソウカナ」
「種族をこえて愛しあうなんて、チョーすてきじゃなーい?」
「あ、うん。そうだね。でも文化がちがうと苦労しそうだけどね」
「プゥ~」
ほっぺたを膨らませると、シルフはへんな声をだした。
あ、しまった。気分をそこねてしまった。
ついつい、わがみ可愛さにネガティブな意見をいれてしまった。
ここは挽回せねば。
「おじょ――おねえさん。もしかして、いいひとを探してるのかな?」
「うん、そうだよ。よくわかったね!」
わからいでか。
どんなアホでも気がつくわ。
「意中のひとをね、ものにするにはなにかプレゼントを――」
「プレゼント! もしかしてキミ、わたしを狙ってるの?」
ちゃんと話を聞けよ! またコサックバージョンじゃねえか。
「でも、ざんね~ん。わたし若い子にはきょうみないの。やっぱ男は、ほうようりょくがないとねー」
なにもしてないのにフラれた。
うれしいやら悲しいやら。
しかも若い子て。自分なんかガキンチョのくせに。まあシルフは姿が変わらないから何歳かはしらないけれども。
まあいい。むしろこれはチャンスだ。なんとしても契約にこぎつけてみせる。
「そうじゃなくてさ。俺は商人なんだ。どんなひとが好みかわかれば、プレゼントとかも用意できるかなと思って」
「え~、そうなんだ。キミ、顔はイマイチだけど気がきくんだね」
このガキ。
だめだ抑えろ。これはチャンスなんだ。またとないチャンスなんだ。
俺は深呼吸すると、どんなひとがタイプかを聞いてみた。
「ちからがつよくって」
「ふんふん、ちからがつよくて」
「俺がまもってやる! みたいな頼りがいがあって」
「ふんふん、頼りがいがあって」
「ヒゲのダンディーなおじさまかなー」
「ヒゲのダンディーな……」
――ジェイクだ。