十二話 変わった
「コサックさ~ん」
パァンとメンドリ亭の扉をひらく。はたきで埃をとばしているコサックさんと目があった。
「またあんたかい。あんたはいつも唐突にやってくるね」
ヤレヤレと首をよこにふるコサックさん。
思い立ったが吉日だからね。コサックさんこそ、いつも掃除してるね。
「こんな朝っぱらから何の用だい?」
何の用とはつれないね。商売にきまってるじゃん。
うさんくさそうな目でみてくるコサックさんを笑顔でかわすと、「じつはいい品物が手に入ったんだ」と収穫した作物たちをテーブルにならべた。
「なんだい、すごいじゃないか。トマトにキュウリ、どれもすごくおいしそうだよ」
商品をみて目を輝かせるコサックさん。きのうとは態度がまるでちがう。
さてはジャガイモのうまさに気がついたな。
「きのうあんたから買ったジャガイモ、えらい評判よかったんだよ。ためしにわたしも食べてみたんだけどね、いままでに食べたことないくらいおいしかったよ。あんたあんなのどこで仕入れてきたんだい」
「はは、それは企業秘密だよ」
ジャガイモやっぱり食べたんだ。でも、それにしては最初の反応が微妙だったな。「待ってたんだよ!」ぐらいでもよかったのに。
そんな俺のきもちを見透かしたかのように、コサックさんが口をひらいた。
「じつはね、客のひとりにどこで買ったか聞かれて困ってたんだよ。あたしゃてっきりどっかからかっぱらってきたんだと思ってたからさ。そう何度も売りにこられないんじゃないかって」
だから盗んでねえって言ってるだろ。
アンタ俺の職業を勘違いしとりゃせんか? 盗賊じゃねえぞ。召喚士だよ召喚士。
盗賊……クソッ。思い出したじゃねえか。俺を追放しやがった女盗賊のことを。
忘れかけていた復讐心が、ふたたびメラメラと燃え上がる。
だが、まだだ。やり返すにはぜんぜん力がたりない。暴力もたりなければ権力もたりない。
この世で一番つよいのは権力に裏打ちされた暴力だ。
ふそくの事態に対応できるようにどちらも高めておかなければならない。それまで身をひそめるのだ。
「すまないねえ。気を悪くしたかい? ちゃんと商品かうからさ」
にがむしを噛みつぶしたような顔をしていたのだろうか、勘違いしたコサックさんはすまなそうにそう言った。
なんだ、意外といいところあるじゃん。口は悪いが悪人ではないのかも。
これなら復讐リストに載せるひつようもないか。
「いや、大丈夫だよ。これまで冒険者だったやつが急に野菜を売りはじめたら、おかしいと思うもんね。俺さ、知ってのとおり精霊召喚士じゃん。頑張ったんだけど限界でさ。精霊がいなくなったら召喚士なんて何のやくにもたたないもんね」
「エム、あんた……」
俺の話に、はっと表情をかえたコサックさんは言葉をつまらせるのだった。
「いいんだ。もうふんぎりがついた。これからは商人としてやっていこうと思ってる。だからさ、顧客になりそうな人がいたら紹介してほしいんだ」
できればコサックさんのような闇市場にかよっている人がいい。
権力に近すぎず遠すぎず、水面下でシェアを広げられるような……
「そうだ、さっき言ってた、どこで買ったか聞いてきた客って何者だい? そのひともなんか商売をやっているのかな?」
いっそのこと商人だったら面白い。有益な情報をえられるかもしれないし、ノウハウも学べるかもしれない。あるいは信用できる人物なら販売を委託したっていい。
そもそも飲食にこだわる必要もないのだ。服の原料となる綿や顔料、工芸品でもかまわない。
労働力さえ確保できれば、あの地で生産、加工までできるだろうから。
とにかく広く、ふかく根をはっていく。
そのとっかかりが掴めたら嬉しい。
「あんた変わったね」
ポツリとコサックさんがつぶやいた。
変わった……俺が? その言葉に一瞬たじろいでしまう。
「わからないな。自分では」
たしかにこの宿に泊まってはいたが、コサックさんとこうやって話す機会はあまりなかった。
それでも分かるほど変わったのか?
俺はコサックさんに、具体的にどう変わったのか尋ねてみた。
「そうだねえ。なんかシュッとしたよ。シュッと」
見た目かよ! そらパーティー追い出されて、宿まで追い出されるほど金欠だったんだ。
げっそりもするわ。
「ははは、冗談だよ。内面から変わったよ。とにかく明るくなった。やるべきことを見つけて夢中、前だけ見てつっぱしってるって感じだよ」
そうか……たしかにそうかもな。
いまはとにかく充実している。過去のことを忘れたワケじゃないが、それ以上にすべきことで頭がいっぱいだ。
「いまのあんたなら言ってもかまわないかな? 聞いてきたのはジェイクだよ」
その言葉を聞いて全身の毛がさかだったような気がした。
ジェイク? ジェイクってあのジェイク?
俺を追放したパーティーリーダーの戦士ジェイク?
カクヨムにて漢字少し増やした版を連載しております。
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