百話 正義の鉄槌
「みえた!」
荒れ地のなかをはしるのは、緑の木々でふちどられたいっぽんの川だ。
そんな川のほとりに、防壁にかこまれた街がある。
オプタールの城下町だ。
領主、エドモンド伯が居をかまえるというグロブス地方、最大の都市。
「うわ~、アリンコみたい」
いま、その街を黒いツブツブがとりかこんでいる。
悪魔だ。さながら落ちた食い物にむらがるアリのよう。
キモイな。
これからあれに混じるのか。イヤだな。
「街はまだ陥落していないようですね」
「そ~ね」
ウンディーネのことばどおり外壁をはさんでの攻防がつづいている。
あわただしく走り回る兵士のすがたも確認できる。
「背後をつきますか? いっきに攻めればそれなりのダメージをあたえることができそうですが」
う~ん、リザードマンも召喚して総攻撃かい?
それはこちらにけっこうな損害がでそうだなあ。
「それとも街のひとびとが戦いやすいように遠距離からサポートしますか?」
そうだね。
なにも俺たちが正面に立ってたたかう必要もないか。
外側からチマチマ攻撃をくわえ、勢力をそいでいく。そして、たたかいの天秤が人間側にかたむいたころで人知れず去っていくのだ。
あえて目立つひつようもない。これがいちばんベストな選択な気もする。
でもなあ。船には騎士と女の子がのっている。
いまさら人知れずっていうのはムリな話でもある。
やっぱ、とうしょのプランでいくか。すでに準備してあるしな。
つかわないのはもったいない。
商人はいかに在庫をさばききるかが腕のみせどころなのだ。
じゃ、お見舞いしてやりますか。
「目標、敵アクマ後尾。正義のてっついを――」
「商人どの」
とそこに騎士が話しかけてきた。
なんだよ。せっかくかっこよく決めようと思ってたのに。
出鼻をくじくんじゃないよ。
「どうされました?」
メンドクサイけどあいてをする。
一流の商人はひとあたりも一流なのだ。
「街にずいぶん近づいてまいりました。援軍というのはどちらで?」
援軍ですか。
そういやそんな話してたな。
すっかり忘れてた。
けどまあ、にたようなものはすでに用意している。
「もう来てますよ。うえです」
そう言って頭上をゆびさす。
すると騎士はゆっくりとうえを見上げておどろきの声をあげた。
「うわ! な、な、なんですかこれは!!」
われらの頭上にういているのは巨大なこおりのかたまりだ。
オロバスにぶつけた、あの岩のような丘のような、ゴッツイやつ。
しかも、あのときより二倍ほどにおおきくしてやった。
「うっわ! 凶悪。これ落とすの?」
ルディーがいう。
そう、落とすの。
あのワラワラとむらがっているやつらに、チュドーンとお見舞いしてやるのだ。
「街、バラバラになんない?」
うん。なるだろうね。衝撃で防壁とかぜんぶ吹き飛ぶだろうね。
だからさ。ちょっとズラしてやるんだ。
悪魔は吹き飛ぶけど防壁はもちこたえる絶妙の距離をけいさんして落とすの。
もちろん、ためしたことなんて一度もない。
しかし一流の商人は未知なるもののけいさんも一流なのだ。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。うまく加減するから」
「ほんとうかなぁ? 不安しかないんだけど」
ムッ、しっけいな。
大船にのった気持ちでかまえてなさいよ。
船だって浮いてるんだ。終わった時にはこころもフワリと軽くなってるさ。
では、あらためて。
「悪魔どもに審判をくだす。全員死刑! はっしゃ!」
巨大なこおりが落下しはじめた。
それは下にひっぱられるちからと念動力でグングン加速していく。
いいぞ、いいぞ。けいさんどおりすこし離れたところにむかっている。
お! 異変に気がついたやつがいる。
あわてて逃げだそうとしている。
ふはは。もう遅いわ!
いまさら間に合うものか。
そのまま吹っ飛んでおしまい!
ズウウウン。
けたたましい音とともにこおりのかたまりが地面に衝突した。
衝撃波による粉塵が円をえがきながらひろがっていく。
まるで津波だ。悪魔はなすすべもなく、つぎつぎとのみこまれていく。
フハハハハ! みろ! まるでゴミのようだ。
やがて衝撃波は街にとうたつ。
防壁ははげしく揺れ動き、片側を地面からうかせた。
ゲ! ヤバイ。
防壁は右へ左へいったりきたり。
内側にたおれれば大惨事だ。
こらえろ!!
ずううん。
運命の女神はこちらに微笑んだようだ。
防壁はギリギリのところで踏みとどまり、もとの形へとおさまったのだ。
よっしゃ!!
さすが俺!
完璧!!
防壁全体がちょっと傾いてる気もするが、許容範囲だ。
いちぶ吹き飛んでいるところもあるけど、それは施工不良。わたしの責任ではない。
「敵は大混乱だ。これより討伐戦に入る。皆のもの、気を引き締めていけよ!!」




