十話 おかしい
いやいやいや。おかしいだろ。
切り倒したと思った木は、地面におちるどころか、空へと舞い上がっていったのだ。
そんなアホな。
両目をゴシゴシとこする。
うん、見間違いじゃない。上空にプカプカと浮く白い巨木がみえる。
なんじゃアレ。
「コラー、おりてこい」
そんな言葉などつうじるハズもなく、プカーと木は空に浮いたままだ。
石を投げてみる。
コペン。みごと命中。軽い音とともに木は横に流されると、なにごともなかったかのように、またプカプカと浮いていた。
ん~、どうしたらエエねんコレ。
とても手がとどく高さではない。たとえとどいたとしても家具には使えない。というか風で流されるレベルだ。
ベッドにでもしたら寝ているあいだに漂流するだろう。
起きたら見知らぬ場所とか怖すぎる。
しょうがねえなあ。
いったんあきらめて他の場所を散策することにした。
木がある。普通の木。
木がある。葉っぱがとんがってる。針葉樹だ。
また木がある。平べったい葉っぱだ。広葉樹だ。
ここには多種多様の木がある。ためしに一本切ってみた。
ふつうに切り倒せた。空に浮かんだりしない。やっぱあの木だけが特殊なのだろうか。
「あっ」
斧をふりふり歩いていると、真っ白な木を発見した。
枝もすくなく、すらりと伸びるあの木だ。
よかった。同じだ。
あの白い木が、この世界に一本だけの木だったらどうしようかと思っていた。
ご神木、なんて大それたものだったらエラいことだった。
精霊たちの怒りを買いやしないかと、内心ドキドキだったのだ。
「まあ、俺は心配してなかったけどね。だって夢のジジイが好きにしろって言ってたもんね」
大きなひとりごとをいう。責任は管理者にあるとアピールしてるのだ。
文句があるなら管理者にいえばいいのだ。
そうこうしているうちに元のところへ戻ってきた。
白い木を切った場所だ。
「あれっ?」
なにやらさっきと景色が違う。
いや、まわりの景色には変化がないのだが、空に浮かんでいる木が低くなっているような気がしたのだ。
したに降りてきてる?
すこし待ってみる。
いまはあの大きな木より高い。
さらに待つ。木と同じくらいの高さになった。
もっと待つ。木の半分ぐらいの高さになる。
間違いない。徐々に下降している。
さらに待つこと数時間、食べられる新芽をモッチャモッチャと噛んでいると、ついに白い木は俺の手の届く高さにまでなった。
これ持って帰れるんじゃね?
白い木をむんずと掴むと、我が家まで引っ張っていくことにした。
「それっ!」
かけ声とともに木にまたがる。勢いのついた白い木は、俺を乗せて空中をすべる。
うひょーこれは楽しい。
宙にういたままの木は持ち運びもらくらく、それどころか勢いをつけて飛び乗れば、またたくまに空を駆ける乗り物へと変化するのだ。
ヒュー。空中を滑っていく。
こんどは向こうだ。ヒュー。
まるでペガサス。コイツは天空を駆けるペガサスだ。
超遠回りして、さんざん遊び疲れたころ我が家にたどりついた。
みれば畑は青々と茂っている。
なんたる生長そくど。すばらしきは精霊の力。
このぶんだと一晩寝れば収穫できそうだ。
ただいまー。家に入る。
返事はない。それに狭い。しかし! それでも自分だけのマイホームなのだ!!
ぐ~。腹がなる。
感動しても腹はへる。晩飯にしよう。
今日のメニューは蒸かしジャガイモにジャガイモのナン。それからジャガイモスープにジャガイモの団子。それから……とにかくジャガイモだ。だってそれしかないんだもの。
だが、だが!
あしたからは別の作物が食べられる……はず。それを売りにいけば、また別の作物が買える。
すべては良い方向へと転がっている。
ああ、あしたが待ち遠しい。
腹いっぱいになったところで横になる。
ベッドはない。ゴツゴツとした床が冷たさを運んでくる。
ああ、草ぐらい敷いておくんだった。
でももう限界。疲れた。
それでは寝るとするか。おやすみなさい。
〇補足
生長:植物がのびること。
成長:植物以外がそだつこと。
ただし、現在はややこしいとの理由から、新聞、テレビともに「成長」で統一してるもよう。




