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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約者を裏切った王子様の話

作者: 和奏

ふわっと思いついた短編です。

なんちゃって設定諸々を含んでますので爪が甘いかもしれませんが、お楽しみいただければ幸いです。

続きません。

ごきげんよう。

私はエレオノーラ・マルタ・フォーレシュタイン。フォーレシュタイン侯爵家の長女でございます。

アリアロス帝国第二王子クリストフ殿下の婚約者で、この婚約は年齢と勢力バランスを鑑みて選出され、幼い頃に定められたもの。

それでも麗しく覚えめでたき殿下の将来の伴侶となれるそれは、私にとって喜びでした。


そう、でしたーー過去形でございます。

何故なら、殿下の心は既に私に無いのですから。



私の視線の先には、私ではない女性を隣に侍らせる殿下の姿があります。

彼女は……確か、そう、クロエ。クロエ=モルテ。この国では珍しい黒髪に黒目の年若い女性です。爵位はありません。どこから来たのかも分からない身ですが、おそらく平民でしょう。貴族内でも身分が重視される風潮の中、なぜか何の階級も能力も後ろ盾もないクロエが王族である殿下の隣に立つことを許されております。これは一体どういうことでしょう?

責ある立場として殿下は常に己を律してきた方です。自身の振る舞いがどう他者の目に映るかを、とても意識されてきた方の行いとは到底思えません。

少なくとも今まで接してきて殿下の人となりは婚約者以前に、親しき幼馴染として理解しているつもりでした。

しかし、彼女のことに関してだけは、流石の私も理解ができないのです。

当然、直接殿下へ進言し、婚約者として、幼馴染としても諫めました。

「すまない、エレン……」

いつもならはっきりと明快にお答え下さる殿下が、言葉少なく、そして濁すのです。

己の行動を顧みて、らしくないと自覚されているに他なりませんが、その態度はまるで彼女が殿下に対し弱みを握っているようにも見えますし、そのように感じた者は少なくありません。

嫉妬、侮蔑、疑念、嘲笑ーー様々な視線に含まれる意味を理解できない方ではなかった筈です。

けれど、頑なに殿下は彼女を離そうとはしないのです。

「……彼女がいなければ、僕は、生きられない」

詰め寄る私に、殿下は悲しげな瞳で静かに訴えます。

殿下のその言葉を聞いてしまった私の気持ちを、心から理解できる方はいるのでしょうか。その時の私の胸に生じた熱に名前をつけるとすれば、一体どのような言葉が適切でしょうか。

恋は人を狂わせると言います。

聡明な殿下が愚かな行いだと自覚してもなお、私には持ちえない何かが彼女にはあるというのでしょうか。

私には、分かりません。


ーー分かりたくも、ありません。



友人の話では、クロエは常に殿下の傍に寄り添い、一人になる姿を見たことがないといいます。

フォルスト学園は国が支援する唯一の教育機関で平民から貴族まで幅広く人材の育成に力を入れております。その規模は町一つ分といっても過言ではないため、少女一人姿を見かけなくてもおかしくはありませんが、彼女は気付けば殿下の傍にいるようです。

もちろん直接、彼女へも殿下同様に諫言を向けましたが、彼女は闇を包容する黒曜石の瞳でじっと私を一瞥するだけです。

不思議なことに、殿下の傍にある栄誉を殿下自身に与えられているというのに、彼女からは何も感じないのです。

そう、何も。

もし彼女が意図的に私を傷つけるためーー殿下は身分だけではなく、見目も性格も大変よろしい方ですーー奪い取りたいと思える状況と見做すなら、多少なりとも侯爵令嬢である私に対し優越感を覚えることでしょう。

しかし彼女は、表には出しませんが、嫉妬する私を直接嘲ることも、殿下を庇うわけでもなく、静かに達観した視線を向け、決して声を荒げることもありません。

声が聞こえないのか、話せないのかと疑ったこともありますが、意思疎通はできているようですので、その可能性は否でございましょう。



殿下の手前、厳しく叱責できる立場の者は身分上、限られております。

噂を聞いて父親であり現国王であらせられるアーノルド陛下や、ご母堂プリシラ王妃からも直々に殿下を諭したそうですが、それでも殿下は首を横に振るそうです。

一度、陛下の命で強制的に引き離されたそうですが、翌日、殿下が大きく体調を崩されました。

死相すら浮き出るそれに殿下が呼んだのはーー親でも兄弟でも、ましてや婚約者の私でもなく、クロエの名前でした。

急いでクロエを連れ戻したところ、再び殿下の体調は嘘のように回復したようです。

何かの呪いでしょうか。この国には多少なりとも魔法は浸透しておりますが、あくまで魔力を有する一部の者しか扱えない為、我が国では殆ど無知に近いものでございます。

一体、どういうことなのか。話を聞いた私も分かりませんが、一つ言えるのは、これ以降、陛下は力づくでクロエを引き離すことを止めたようです。

私も……殿下が体調を崩されたと聞いて、急いで登城しましたが、その話を聞いて、引き返す以外の考えはありませんでした。

私が屋敷に戻る間、クロエは倒れた殿下の私室にいることを赦されているのです。

王城の、王族のプライベートにあたる区域は婚約者や幼馴染とはいえ正式に籍を置いてない者は足を踏み入れることは許されません。

一層、私に対しての同情や憐憫を含んだ関心が寄せられるようになりました。

例え殿下の一大事だとしても、若い男女が私室の空間にいるというだけで、面白いくらい世間の方々はそれを醜聞と見做し、話は波打つよう広がりました。




そして、学園の伝統行事の一つである卒業式がやってまいりました。

学生の卒業式とはいえ国の将来を担う若者たちが集う会場には各国の要人は勿論、普段はお見えすることのない貴族の重鎮の方々も来席されます。

また、既に婚約が決まっている貴族子女の多くはこの式を機に嫁ぐことも多いため、相手先のご家族への挨拶も含め、会場はとても賑わっております。

さて、婚約者のいる子女は嫁ぎ先の紹介も兼ねて、パートナーと共に参加することが暗黙の了解とされております。


私はーー婚約者の殿下ではなく、何故か次期国王となられるアレクセイ第一王子殿下に直々にお声をかけられ、会場へと足を踏み入れました。

もちろん、会場は騒然としましたが、何より本人である私が一番疑問です。身分的にも立場的にも断ることは出来ないとはいえ、一番の理由は何かを堪えるように神妙な表情をしていたことでしょうか。

他国の重鎮や国王夫妻へ、社交界とは別のお目見えを兼ねた会場の一角へと促された後ーークリストフ殿下が入場されました。隣に、黒いローブを着込んだクロエを伴って。

私という婚約者がいるのに他の女性を伴う行動は勿論、隣のクロエの格好も奇妙なものでした。格式を重視する式でもあるため、平民であってもドレスコードが必須です。経済的に余裕のない者の為にも国からドレスを貸し出すことも行っているのに、彼女は全く着飾っていないのです。

そしてーー殿下の格好も、異様でした。

何の装飾もない、シンプルな白いシャツと黒のスラックスのみ。お披露目を兼ねた式ですので、将来騎士団に所属する者はマントに正装用の甲冑。王城内務や高官に属する者も当然、専用の正装が存在します。

二人の異様な姿に対し、会場内のざわめきは治まりません。

しかし、二人ともそんな喧騒など全く意に介さずの風体で陛下の御前へと参上しました。

「さてーー時間もないので単刀直入に切り出そう」

そう言ってクリストフ殿下は、アレクセイ殿下の隣に並び立つ私へと視線を向けます。殿下にこのような真っすぐな視線を向けられるのは、いつ振りでしょう。

「エレオノーラ・マルタ・フォーレシュタイン侯爵令嬢。第二王子クリストフとの婚約は、先日破棄された」

ざわめきが一層、大きくなりました。

薄々感じていたとは言え、長年のお付き合いでもあり、愛していた彼の直接の言葉は胸を痛めます。そして先日と申されましたが、明確に耳にしたのは今この時でございます。

そもそも婚約とは個人間のものではなく、王族と侯爵家、家々を繋ぐ物ですので、いくら王族とはいえ一方的な発言で破棄にできるはずなどございません。

それなのにーーわざわざ、他国の賓客も訪れるこの場で口にするべき理由は何なのでしょう。王妃とは言わずとも、王族に連なる者に嫁ぐ定めとしての花嫁教育は一体何のためだったのかーーそして、彼は続けます。


「そして、エレオノーラ・マルタ・フォーレシュタイン侯爵令嬢は、隣にいる我が兄、第一王子アレクセイの正式な婚約者となることが決定した」


ざわめきが更に大きくなりました。彼は今、なんとおっしゃいました? 私の耳がおかしくなったのか、思わず隣のアレクセイ王子を見上げます。

彼は、この発言の意図を予め知っていたようで、非常に落ち着いていらっしゃいます。これはいったい……。

「クリストフ」

今までの一連の流れを静観していた陛下の声が響き、ざわめいていた周囲が声を潜めました。

「ーー父上、母上。不肖の息子をここまで育てていただき感謝します。僕に出来るのは、ここまでです」

そう言って殿下は最上の敬意を示す、最敬礼を陛下と王妃へ向けます。何故か王妃様は涙を流しておりました。

「兄上。後はよろしくお願いしますーーエレオノーラ。君にしたことはどのような理由があれど赦されない。君を悲しませたことに違いないのだから。薄情で愚鈍な僕のことなど早々に見限り、綺麗に忘れてしまえ。そして、将来の王妃として兄上と共に国を支えてほしい」

そして兄上のアレクセイ様へ同じく敬礼し、流れるように私にもーーまるで今生の別れのような言葉を告げます。

一体、彼は何を申しているのでしょう。もしや地味な格好はクロエと共に平民に身を落として余生を過ごすということでしょうか。

恥ずかしながら、私はただ困惑することしか出来ません。

そして殿下は、視線を私たち以外の人々へと向けます。

「学園の卒業生、並びに在校生たち。第二王子ではなく、ただのクリストフとして先立つ身からの助言を授けようーー………未来は有限だ。悔いなく、生きろ」

短い言葉が告げられました。

それが合図のように殿下の体に変化が現れます。

白さを通り越した青白い肌に、細身でありながらも鍛えられていた彼のしなやかな体躯が萎み始め、何日も食事をとっていないかのように急激に衰えていきました。天使の輪のような艶やかな金髪も色を失います。

「殿下!?」

急激な殿下の変化に、先ほどとは異なる騒めきが広がります。

「エレン。疑問に思わなかった?クロエ=モルテという生徒、いや、そもそもそんな少女は、最初から存在しない」

「え?」

身体の変貌など気にもしないよう殿下が語ります。名を告げられたクロエは殿下の急変にも拘わらず顔色一つ変えません。それが返って異様さを浮き彫りにさせているのです。

「僕は言ったよね。彼女がいないと生きていけない、と。そうだ。彼女は僕の命を、今この時までつなぎとめる為だけに留まっていた」

「殿下……何を?」

「僕はーーもう、死んでいる」

「!?」

死という具体的なそれを口にしたからでしょうか、殿下の体がゆっくりと倒れます。近くにいたアレクセイ様が駆け寄りそっと体を支えますが、唇を噛み、そっと床に横たわらせました。

気づけば白い上着を染めるよう血が滲んでいるではありませんか。思わず医師を呼ぶ私をーー陛下が遮ります。

見下ろせば既に殿下の瞳は固く閉じられておりました。衝動的に近づき、頬に触れますが、初めて触れる冷たさでした。

到底、先ほどまで堂々と立っていたとは思えない程。これが死体の温度だなどと初めて知りました。

怒涛の展開が続き、全てが突然すぎて、私はまるで置いてきぼりを食らったような心もとない感覚を抱きます。


『これより、回収する』


女の声ーークロエの声が響き、反射的に振り向けば、先ほどのローブを纏った少女の姿はなく、いつの間にか巨大な影がありました。顔に当たる部分は、無表情な少女のそれではなく、骸骨でした。

まさに死を体現したその恐ろしい姿に、会場からはさらなる悲鳴が上がります。

ソレは大ぶりな鎌を持ち上げ、振り下ろしました。私の目には見えませんが、殿下の"ナニカ"が切り取られたのでしょう。

そのまま彼女だった黒い骸骨は溶ける様に姿を消しました。


血の気を失い四肢を投げ出す殿下。

悲鳴を上げる群衆に逃げようとする足音、それらに紛れて嗚咽も響いております。


私が覚えているのは、そこまでです。

気を失う直前、アレクセイ殿下の声が聞こえた気がしました。





目を覚ました私はアレクセイ殿下から、クリストフ殿下の真実を明かされました。

アレクセイ様も式の前日、初めてご本人から真実を語られたと告白します。

実はクリストフ殿下は数か月前の事故で既に死者であったものの、クロエーー死神である彼女に懇願し、卒業式まで延命させてもらっていたようです。

一見、信じられない話ではありますが、実際にこの目で見ているのですから今更でございましょう。

改めて言われて気づきましたが、クロエの姿が殿下のお隣にあったのは事故直後のことでした。どうやら彼女の術により周囲の認識に齟齬が出ていたのでしょう。人ならざる者の恐ろしい術にゾッとしたのは自然な事でした。

クリストフ殿下の延命の最たる目的。それは、大々的に自らの死を見せつけることで水面下で不正を行っていた者たちを一網打尽にする計画です。

そのため子飼いの者たちに密命を出して確たる証拠を集めさせておりました。しかし、中には慎重極める方もいらっしゃいます。

そんな方々の油断と動揺を誘えるよう、最たる注目を集めるために私との婚約破棄を利用したようです。

まさか王族たる自身が、幼い頃より周知となった婚約の破棄を、大々的に告白し、直後に死亡するなど、他国の賓客も訪れる場で噂にならないわけがありません。

流石に肉親である陛下やアレクセイ殿下たちに既に死者の身となった事を明かすことはギリギリまで出来ず、たった一人で背負われることを決めたそうです。

その中で、私の新たな嫁ぎ先も試案されておりました。どのような理由があろうとも、王族と婚約した身の令嬢の新たな嫁ぎ先を見つけることは至難です。そのため殿下はーー未だ婚約者候補ばかりで確たる婚約者がいなかったアレクセイ殿下に決めたのです。

王族同士の婚姻には互いの家の承認が必要となります。式の前日に自らの命の限界を訴えた殿下は陛下たちの了承をいただきました。私への両親はーー当然、式で大々的に告知したのです。今更私の両親がそれに反対する理由はありません。

彼は最後までこの国を、そして私をも文字通り死してまで愛していたというのに、矮小な私は殿下を信じることが出来ず、諦めることで自分を守っていたのです。

ああ、殿下に比べてなんと私は至らない人間でしょう!


今は亡きクリストフ様を悼みながら、私はその場で泣き崩れました。


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