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五十円玉

 最近は現金に触れる機会がめっきり減った。

買い物の大部分をネットで済ませてしまうし、コンビニや飲食店での支払いもクレカか電子マネーだ。

財布には数枚の紙幣を入れておくだけで、コインは持ち歩かない。


 だから、たまに五十円玉に出会った時には、ふと当時のことを思い出す。

 あの頃のぼくにとっては、穴のあいた銀色のコインだけがリアルなお金だった――。


 いつからだろうか、正確な日にちは覚えていない。

 気がついたらそれは、当たり前のルールになっていた。


 ゲーセンに入るとまず両替機に向かう。

 その日の懐具合次第だが、 手持ちの五百円玉か千円札か百円玉数枚か、を両替機に投入する。

 出てきた五十円玉を全てズボンの右ポケットに突っ込む。

 そこになにかが入っているのは、ぼくがゲーセンにいる間だけだ。

 そこに入れていいのは、ゲーセンの両替機から出てきた五十円玉だけだ。

 そして、それはゲーセンから持ち出さない。


 外から持ち込んだ五十円玉はゲーセンでは使わないことにしていたし、ゲーセンの五十円玉を外に持ち出さないことに決めていた。

 誰かによってここでゲームをするために投じられた五十円玉。

 すでにゲームプレイのために使われたことのある五十円玉。

 それだけが対戦に使われるに相応しい資格をもっている気がしていた。


 他人からしたら、まったくもって意味不明なこだわりと思えるだろう。

 だけど、ぼくはそれを宗教的な戒律のごとく頑なに守り続けた。


 いくら、ぼくがバトIIにイカれていたからって、バトIIだけにお金を使っていたわけじゃあない。

 ぼくだって、ジュースを飲んだり、マンガを買ったり、ふつうの中高生並みの経済活動を行っていた。

 外部から見たら、ジュースを買うことも、ゲーセンでゲームすることも、同じ消費という行為に過ぎないだろう。

 ただ、ぼくにとっては、まったくの別ものだった。


 ゲーセンで対戦をすることだけが、ぼくが本当に他人と繋がっていると実感できる行為だった。

 コンビニでジュースを買っても、ぼくは客のうちの一人に過ぎない。

 店員にとっては一日に何十人、下手したら百人以上、と接するうちの一人だ。ぼくである必要は全くない。

 ぼくが買わなかったら、他の誰かが代わりに買うだけだ。


 でも、ゲーセンで対戦する場合は違う。

 対戦相手は、ぼくと、戦うんだ。他の誰でもない。

 誰もぼくの代わりにはならない。ぼくから見ても同じことだ。

 対戦相手は、対戦台に向かい合っているその人だ。他の誰でもない。

 サルとの切磋琢磨しながら、お互いの成長を讃え合う対戦はサルとしか出来ない。

 立ちはだかる高い壁であるぶーちゃんへの挑戦としての対戦はぶーちゃん以外ではありえない。

 誰かが誰かの代わりになるなんて絶対に不可能だ。


 それに、対戦しているときのぼくは本当の「ぼく」だった。

 たとえば、クラスメートと会話している時。その会話をしているのは、ほんとうに「ぼく」なんだろうか?

 相手に合わせて本音を隠したり、いくらムカついても感情を抑えたり。

 それがほんとうに「ぼく」なんだろうか?


 でも、対戦している時は違う。本気で勝とうと向かってくる相手に対峙した時――その時のぼくは自分を偽ったり誤魔化したりしないし、そんなこと出来やしない。

 あるがままの自分をさらけ出して、全力でぶつかって行くしかない。


 ただ不器用だっただけかもしれない。

 でも、そうしないと相手と触れ合える気がしなかったし、上手くいった時は一晩語り合うよりも深く分かり合えた気もした。

 だからこそ、そうやってガチンコで戦ってくれる相手を尊敬したし、感謝した。


 あの頃に戦い合った奴ら。

 数回しか戦ったことがない奴もいたし、常連でもほとんど話したことがない奴もいた。

 あれから二十年以上たった今、毎日会話していたクラスメートたちよりも、そんな奴らの方をよく覚えている。


 ゲーセンの五十円玉は、そうやってぼくと誰かを繋ぐ大事な大事な糸だった。

 それはとっても頼りなく、か細いもので、対戦が終わればあっけなく途切れてしまうものだった。

 でも、それに縋るのがぼくに出来る唯一の手段だった。


 後ろから対戦台を見つめながら、ズボンの右ポケットに手を入れ、五十円玉を転がす。

 指先の感覚だけで、そこに何枚入っているのかが分かった。

 その枚数は、すなわち、今日の残りプレイ回数。

 買いたいものを我慢して、空腹に耐えて食費を削り、捻り出した大切な細い糸。

 ぼくがぼくであるための貴重なクレジット。

 チャラチャラと小気味よく鳴る音のリズムに呼吸を合わせていく。

 そうやって、次の対戦を待ち望む――。

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