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サル

 ぼくがジョイスタに通うようになって、最初に仲良くなったのがサルだった。

 サルは着崩した学ランから赤いTシャツを覗かせ、ごてごてしたナイキのバッシュを履いて、アメリカのバスケチームのキャップを後ろ向きにかぶっていた。


 2個上で、共学の県立高校に通っていたサルは本当に猿みたいな顔をしていて、みんなからサルって呼ばれていた。ぼくはそんな呼び方はできず、実際にはヨコさんって呼びかけてたけど。サルは横山っていう名前だった。

 でも、心のなかではぼくもサルって呼んでた。


 そんなサルがぼくに声をかけてきたのは、ぼくが中2のときの1月のある平日、ピークタイムを過ぎて人もまばらになった時間帯だった。たしか午後9時前だったと思う。


 ぼくは空いている台でCOM相手に一人練習していた。

 その頃のぼくは対戦では初心者向けキャラのゲイルを使っていた。

 だけど、やっぱりこのゲームのメインであるリョウ・ゲンを使えるようになりたいと思っていたのだ。


 ゲイルの必殺技は2つあるが、両方とも溜め技と言われるやつで、特定方向にレバーをしばらく入力した後に、反対方向に入力して攻撃ボタンを押すタイプの技だった。

 だから、入力が簡単で初心者でも簡単に必殺技を出すことが出来て、ぼくでも連続技につなげることが出来た。


 しかし、リョウ・ゲンの必殺技は3つあるが、どれもコマンド入力。練習しないとなかなか出すのが難しい。

 ぼくは飛び道具となるフィスト・ウェイヴと奇襲攻撃のサイクロン・キックは安定して出せるようになっていた。

 でも、対空技となるライジング・ドラゴンは入力が難しく、成功率は五割くらいだった。このライジング・ドラゴンを安定して出せるのが脱初心者の目安で、ぼくはリョウ・ゲンに関してはまだまだ初心者レベルでとても対戦に使えるほどじゃなかった。


 そんなわけで、その日もリョウで練習していたんだけど、ちょうどコンピュータ戦が途切れたタイミングで、サルが気さくに声をかけてきた。


「ねえ、対戦やろうよ?」


 サルとは今まで何度か対戦したことがあったし、サルが他の常連たちの仲良さそうに話しているのを見て羨ましくも感じていた。

 常連はみんな高校生や大学生くらいだったので、自分から話しかけることもできずやきもきしていたのだ。

 だから、サルから誘ってくれたのは渡りに舟だった。ただ、ひとつ気にかかることがあった。


「ぼくゲイルですけど、大丈夫ですか?」


 今までぼくが見た限りでは、サルはビーストしか使えない。ビーストはゲイルと非常に相性が悪いキャラだ。

 わざわざ誘ってもらってるのに、こっちが有利な対戦になるのはちょっと申し訳ないと思ってそう申し出た。


「ああ、そうじゃなくてさ。リョウ・ゲン対決やろうよ」

「使えるんですか? でも、ぼくのリョウ・ゲンはヘボいですよ」

「オレも同じようなもんだからさ。なかなかちょうどいい対戦相手がいなくてさあ」

「ああ、そういうことですか。だったら、是非是非。対戦台に行きますか?」

「オレはここでいいけど。対戦台の方がいい?」

「ぼくもここでいいですよ」

「じゃあやろうか」


 そう言うなりサルは隣の台から椅子を引き寄せて、ぼくの右隣、2P側に腰掛けた。そして、ぼくらは戦い始めた――。


 本人の言う通り、サルはぼくとどっこいどっこいの腕前だった。お互いちょくちょく必殺技を失敗して、その度に二人で笑いあったり、軽口を叩いたりした。

 ガチの対戦ではなく、会話しながらの楽しむプレイだった。

 こういう対戦は学校の同級生のフクちゃんやユキとはよくやってたけど、知らない人とやるのは初めての経験だった。


 不思議な感じだった。今まで話したこともなかった相手と、名前も学校も住んでる場所も知らない相手と、しかも年上の高校生と、昔からの友人みたいに肩寄せ合って笑い合いながら一緒にゲームしている。ぼくはとても興奮していた。


 だいぶ後になってから気づいた。

 ぼくとサルは初対面じゃなかったんだ。


 たしかに、会話したのはその時が初めてだったんだけど、それまでに何度も対戦を通じて会話してたんだ。

 ぼくと同じで守備よりも攻撃重視でガンガン突っ込んでいくスタイル。勝ち負けよりも相手との駆け引きを楽しむタイプ。

 肩書きどころか名前すら知らなかったけど、ぼくもサルもお互い相手がどういう人間なのか、既にちゃんと知っていたんだ。

 だから、話したばっかなのに、すぐに打ち解けることができたんだ。


 ――勝ったり負けたりを繰り返しながら、時間はあっという間に午後十時近くになった。店長のだみ声のアナウンスが流れる。風俗営業法によりなんちゃら、っていう毎日恒例のやつだ。


 ゲーセンに馴染みのない人には意外と知られていないけれど、『ゲームセンター』は風俗業だ。ゲーム機をおいてお金を払って客にプレイさせるお店は風俗業に分類される(じゃあ、ゲームコーナーがあるデパートやゲーム機をおいている駄菓子屋も風俗業なのか、って思うかもしれないけど、売り場面積の1割以下ならば風俗業とみなされない)。だから、ゲーセンは風俗営業法っていう法律で色々と規制されている。


 なかでも、客であるぼくたちに一番関係あるのは営業時間に関する規則だ。ゲーセンは営業時間が定められていて深夜〇時以降から日の出まで営業できない(ただし、一部地域では条例により深夜1時まで延長可能で、ジョイスタも深夜1時までやってた)。

 それに18歳未満は午後10時以降立入禁止になっている。加えて、ぼくの地域では条例で16歳未満は午後6時以降立入禁止だった。

 だから、本来ならば中2のぼくは午後6時で帰らないといけないんだが、そこは店側も商売してるわけで黙認状態。そういう緩い時代だった。

 ゲーセンに出入りしだした最初の頃は6時過ぎると、いつ追い出されるかとビクビクしていたけど、もうこの頃は慣れたもので、まったく気にしていなかった。


 だけど、さすがに10時過ぎるとぼくのようなどう見ても中学生みたいなのやサルみたいに制服着ているのは注意されるし、運が悪ければ補導されてしまう(高校生になった後のぼくは私服姿で平気で居座っていたけど)。


「じゃあ、ぼくもう帰ります」

「ああ、オレも帰るわ」


 二人連れ立って、ゲーセンを出る。一緒にエレベータに乗り込み、1階で降りたところでサルと別れた。ぼくは自転車で帰宅するが、サルの家はH駅から私鉄で3つ目の駅が最寄りらしく、私鉄の改札に向かっていった。


「じゃ、また明日」

「はい、また明日」


 その日から、サルとはほぼ毎日会うようになった。対戦台でガチで対戦したり、COM台で並んで練習したり。

 リョウ・ゲンに関しては、ぼくもサルも同じようなペースで上達していき、1ヶ月立つ頃にはなんとか対戦で通用するレベルになっていた。

 以来、ぼくもサルもリョウ・ゲンをメインキャラとして使うようになった。


 対戦の合間には、バトII以外のことも色々と話をした。

 サルがK高校の1年であることも知ったし、ぼくの通っている中学の話もした。サルは、賢い学校に通ってるんだと驚き、高校受験しなくていいことを羨ましがっていた。

 サルは勉強が本気で嫌いだと言っていた。サルの通うK高校は偏差値で言うと平均的な学校で、なんとかギリギリで滑り込めたらしい。

 でも、高校に入ってから全然勉強してないから、成績は散々だとぼやいてた。

 学校の話以外にも、他愛もないバカ話をして笑いあった。サルはくだらない話が大好きで、ぼくもそれが嫌いじゃなかった。


 それからぼくは、サルを通じて他の常連たちとも交流するようになった。

 サルは人見知りしないやつで、だれかれ構わず話しかけていた。そして、すぐにだれとでも仲良くなっていた。

 ぼくに対しても、打ち解けてからは「タメ口でいいよ」って、「敬語は肩凝るから」って、とても気安かった。

 年上に対しても、いい加減な敬語で軽口を叩いていた。でも、だれからも憎まれないような、そんな不思議なやつだった。


 常連の人たちと仲良くなって、そして、ぼくも常連の一人になった。

 ジョイスタに行けばみんながいる。そのことにぼくはすごく安心した。

 学校や家で嫌なことがあっても、ジョイスタに行けば忘れられる。

 そこには、ぼくと同じようにバトIIが好きで、バトIIの話ができて、真剣な勝負が出来る人たちがいる。

 つまらない世間話や相手に合わせた上っ面だけのつき合いなんかしなくていい。ほんとうのぼくをさらけ出せる場所を、ぼくがぼくでいられる場所をやっと見つけることができたんだ。


 こうして、ぼくは中2の終わり頃から3年以上の間、ほぼ毎日ジョイスタに通い詰めるようになった――。

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