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出会い

 ぼくがまだバトIIと出会う前。

 ぼくは私立の中高一貫の男子校に通う中学生だった。


 ぼくが生まれたのは、首都圏のベッドタウンのひとつであるH市だった。H市の中心部にあるH駅から自転車で十五分ほどのところにぼくの家があった。

 駅前はそれなりに栄えている繁華街だけど、ぼくん家の周辺は戸建てが並ぶ閑静な住宅街だった。

 ぼくの家も、豪邸っていうほどじゃあないけど、小さな庭を備えた2階建ての一戸建てだった。生まれてからずっと、ぼくはこの家で育ってきた。


 ぼくの両親は、放任主義なのか、自分たちの子どもに興味がないのか、そこそこの成績をとっていれば、なにも言ってこなかった。


 ぼくの通う学校は中堅の進学校で勉強のレベルはそれなりに高かったが、高校受験をしなくていいから、同級生たちもそんなに真剣に勉強に打ち込んでいるわけじゃなかった。適当に部活したり、適当に遊んだり、みんなそんな感じだった。

 高校二年にもなれば、大学受験を意識しだして、本気で勉強し始めるらしいけど、そのころはまだ全然そんな雰囲気はなかった。いわゆる、中高一貫校の中だるみってやつだ。


 そんなわけで、学校の勉強が大好きってわけじゃあないけど、とりたてて嫌いでも苦手でもなかったから、それなりに勉強するだけで親の要求水準をクリアするのはなんてことなかった。


 それにぼくは、髪を染めたり、制服を改造したり、っていうあからさまなハンコーはとくにしなかったので、生活態度について注意されることもなかった。というか、必要なことを聞かれるくらいで、それ以外話しかけられることもあまりなかったし、取り立ててぼくから話しかけることもなかった。


 ぼくの両親は共働きだったんだけど、ぼくが中学に進学したあたりから二人とも仕事が忙しくなったとかで、帰宅するのは深夜になってからだったし、休日もほとんど家にいなかった。

 だから、そもそも会話する機会が全然なかった。両親が会話しているところをみるのも稀だった。


 ぼくは一人っ子だったので、家に帰っても誰もおらず、作りおきの冷めた夕食を一人で食べるだけだった。

 それが嫌だったし、家で一人過ごすのも退屈だった。

 だから、だんだん家に帰るのが遅くなった。


 学校の友人たちと遊べる時は、ゲーセンやカラオケやボーリングに行ったり、ファストフードで下らないバカ話をして過ごしたり。

 でも、友人たちはみなけっこう厳しい家庭で両親も共働きじゃなかったので、いつも午後五時には解散していた。

 だからそれ以降の時間は、一人で時間を潰さなきゃならなかった。


 当時はまだ漫画喫茶もネットカフェもなかったし、中学生がひとりで時間を潰せる場所は限られていた。本屋で立ち読みしたり、CD屋をふらふらしたり。

 一人でゲーセンに行くことはあまりなかった。


 その頃のぼくにとってゲームは楽しいことのうちのひとつに過ぎず、ゲーセンはたまに友だちと連れ立って行くくらいで十分だった。

 それに一人でゲームをしてもあまり楽しいとは感じなかった。

 RPGなんかでも友達の家でワイワイ言いながらプレイする方が好きだった。

 大人になった今では、自分でゲームやるより他人の実況を観てる方が多いくらいだ。


 だから、その後ゲーセンに入り浸るようになるとは、その頃のぼく自身、これっぽっちも想像していなかった――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 ぼくがバトIIと出会ったのはたまたまだった。

 まあ、出会いなんてすべてがそんなものなのかもしれないけど。


 中2に進級する前の、春休みのある日だった。

 新学期準備のため、いろいろと買い出しに行こうと、ぼくはH駅前に行くことにした。

 朝のうちに、出勤前の母親に「文房具を買いたい」と伝え、千円札を1枚渡されていた。

 さすがに一万円を超えるような高いものの場合は話が別だが、「文房具や参考書や本を買いたい」だとか、「友だちと食事に行くから」だとか、その程度の場合はいつもウチの親は細かいことを訊かずにお金を渡してくれる。

 その上、後から「いくら使ったか」とか「お釣りを返せ」とか、あまり言ってこない。


 放任なのか、無責任なのか。

 今になって思えば、親の見栄だったのかもしれない。

 ぼくが通っていた中学は私立校だったので、周りの友人も裕福な家庭の奴が多かった。同級生の半分くらいは親が医者だったし、弁護士やら会計士、大学の先生、聞いたことある名前の会社の社長やテレビ局のオエライさんまでいた。

 それに比べて、ウチの両親は二人合わせれば子どもを私学に通わせられるくらい稼いでいるとはいえ、共働きの普通のサラリーマン。

 自分たちの息子が同級生に貧乏だと思われないようにと考えたのかもしれない。

 でも、そのおかげで、中高時代のぼくは毎日バトIIをプレイすることができた。その点は今でも非常に感謝している。


 そういうわけで、ボクは千円札を財布に入れ、チャリに乗ってH駅前に向かった。

 買い物自体はすぐに終わった。昼食もファストフードのハンバーガ屋で済ませ、ぼくはゲーセン――『ジョイスタ』――へ行くことにした。

 とくに深い理由があったわけでもない、財布には余裕があるし、時間つぶしにフラッと寄って行くか、くらいの軽い気持ちだった。

 適当に面白そうなゲームを数回プレイして帰るつもりだった。


 ゲーセンに来るのは2週間ぶりくらいだった。

 これくらいの期間でも、置かれているゲームは結構入れ替わってしまう。

 ジョイスタに入り、どんなゲームがあるかと店内を一回りして――いつもとは違う光景に遭遇した。


 一台の筐体を取り囲む人、人、人、人。

 ギャラリーは二重三重になっており、20人以上いる。

 今まで見たことのない熱気がその場を支配していた。

 異例の事態だった。


 ギャラリーがつくことは珍しくない。

 人気ゲームの続編が出たり、スーパープレイを魅せる人がやってたり、そういう場合には後ろから見てるだけのギャラリーがいるし、ぼく自身もそれに加わったことがある。

 しかし、普通は多くても10人程度。

 今回は異常といえる人数だった。


 一体、何事だと興味を惹かれたぼくも、その輪に加わった。

 みんなが注目する視線のその際にあったのが――バトIIだった。


 画面内を自在に動きまわる2人のキャラクター。

 家庭用ゲーム(コンシューマー)に出てくる荒いドットのチマチマしたキャラと違い、巨大で緻密に描かれた躍動感あふれるキャラ。

 その2人が互いに殴り、蹴り、そして、手からオーラみたいな飛び道具を飛ばす。


 ゲームシステムもひと目で理解できた。

 画面上部に左右2つのゲージ。

 黄色と赤の2色に彩られたゲージは、ぼくが好きだった他のゲームでも見たことがあった。

 だから、これが2人の体力ゲージだと、すぐに分かった。

 実際、攻撃が入ると、相手のゲージが赤く染まっていく。

 そして、最後の一撃がヒットし、右側のゲージが全て赤くなった。


 ――瞬間、ドッとギャラリーが沸く!


 遅れて画面上にプレイヤーがCOMコンピュータに勝利したことを告げる表示が現れる。

 どうやら、プレイヤーが勝ったようだ。

 これで、左側の体力ゲージがプレイヤーのもの、右側のがCOMのものだとわかった。


 しかし、これで終わりではなかった。

 すぐに、両者の体力ゲージは全快し、戦いが再開される――。


 またもや、プレイヤーが勝利し、ボコボコになったCOMキャラとプレイヤーキャラが煽るセリフが画面に表示される。今度こそ、本当にプレイヤーの勝ちだ。

 そして、プレイヤーキャラは次の対戦相手の元へ――。


 非常に分かりやすいゲームシステムだった。

 やはり、見ただけでわかるゲームシステムというのは、それだけでひとつの魅力だ。

 ゲーセンに置かれているゲームは誰もプレイしていない間でも、ディスプレイにゲームが表示されている。

 それを見て面白そうと思わなければ、誰もプレイしないわけで、パッと見で分かりづらいゲームはやっぱり誰にもプレイされず、すぐにゲーセンから消えて行く。


 その点、このゲームは秀逸だった。

 実際、ぼくもプレイしてみたいと思った。

 これだけのギャラリーが盛り上がるのも納得だった。


 ちなみに、見た瞬間にこのゲームがバトIIだと分かったわけじゃなかった。

 ギャラリーの会話や以前友人が「なんか面白いゲームが出た」と言ってた記憶を繋ぎ合わせ、「ああ、これが『バトル・ファイターII』なのか」としばらく見ているうちに理解したのだった。


 観ているだけで、熱狂が伝わってきた。

 しかし、ぼくは十数分ほどバトIIを眺めて、ギャラリーの輪を離れた。

 面白いゲームなのかもしれないけど、30分以上待つのもなんだし、それにあのギャラリーを背負ってぼくのヘボプレイを見せつける度胸もない。


 結局、その日は他のゲームを数回プレイしてジョイスタを後にした。

 ただ、帰り際にチラッと覗いたバトIIの画面とそれを取り囲む人々の輪――それだけがぼくの心のどこかにひっかかっていた。

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