バトII
1990年代初頭。昭和が終わり、平成が始まった。
世間はまだバブル経済に浮かれていたのかもしれないが、今の自分のことしか頭にないガキンチョだったぼくには、まったく関係のない話だった。
首都圏のベッドタウンH市の中心部にあり、JRと私鉄が交わるH駅。
そのH駅の南口、私鉄の改札を出ると駅前広場がある。
そこを抜けてすぐの雑居ビルとデパートの中間のような六階建てのDビル。
その最上階にジョイスタジオという名のゲーセンがあった。みんな『ジョイスタ』と略して呼んでいた。
学校帰りのぼくは、いつものように制服姿のままでそこにいた。
薄暗い照明に立ち込める紫煙。
耳をつんざくデジタルサウンドの轟音と眩く光る数十台の筐体。
過剰な刺激の洪水で店内は支配されていた。
今とは違って喫煙には緩い時代だった。
いや、喫煙だけじゃない。すべてにおいて緩い、昭和という時代の空気がまだまだ残っていた頃だった。
最近では、SNSを通じたバイトテロが問題になっているが、もちろん、あの頃もそういうアホなことをする奴はいた。いや、あの頃の方がもっと酷かったかもしれない。
ただ、SNSみたいな拡散ツールがなかったから広まらなかっただけだ。
信じられないかもしれないけど、当時はそういう緩い時代だったんだ。
だから、ジョイスタ内でも高校生が制服姿で平気な顔してタバコを吹かしていたし、筐体に焦げ跡がついてたり、タバコを押し付けられたボタンが熱で変形してたりした。
床に落としたタバコを靴で踏み消して、吸い殻はそのままなんてのはザラ。床に散らばった吸い殻をホウキとチリトリで集めるのもゲーセン店員の日常業務のひとつだった。
吸い殻だけじゃなくて、噛み終わったガムなんかも落ちてたから、それを踏んづけてイライラしたことも二度や三度じゃ済まなかった。
ゲーセンの内部では、厳しい生存競争が行われている。
ゲーセンは誰かがボランティアでやってるわけじゃない。
あくまでも営利活動のひとつだ。
だから、人気のないゲーム、いわゆる、「インカムがない」ゲームはすぐに他のゲームに入れ替えられてしまう。
それだけじゃない。ポジション争いも熾烈だ。
店の奥の方ほど、人気がないゲームが置かれ、入口付近やカウンター近くには大人気の目玉ゲームが置かれることになる。
中でもジョイスタで一番いいポジション――入口付近に置かれた50インチディスプレイ(今だと大したことないように思えるかもしれないけど、当時では最大級だった)と横並びの二人掛けシート。一番の目玉ゲームが置かれる場所。
そこにあったのが『バトル・ファイターII(バトII)』だった。
対戦格闘ゲーム。略して『格ゲー』。
この新たなジャンルを産み出したゲームこそがバトIIだった。
ゲームシステムは極めてシンプル。実際の格闘技と同じ様に、二人のキャラが武器も持たずに生身の身体だけで一対一で殴り合うだけ、いわゆるステゴロのタイマンだ。
勝敗は二本先取の三ラウンド制。各ラウンドでは、相手の体力ゲージをゼロにするか、タイムアップ時に相手より残りの体力ゲージが多ければ勝ち。
なによりも、このゲームが革命的だったのは、コンピュータとの対戦だけでなく、プレイヤー同士の対戦が可能だったことだ。
『格ゲー』ブームは日本中のゲーセンを席巻した。
バトIIシリーズだけでなく、各社がこぞって格ゲーをリリースした。いくつかの名作も生まれたが、大部分がワンプレイしただけで欠点しか見つからないゴミみたいな粗悪な劣化コピーだった。(どのジャンルでも、大流行すれば似たようなものだろうが。)
最盛期には置かれているゲームのほとんどが格ゲーというゲーセンもあったくらい。ゲーセンにとって、バトIIはそれくらい大きなショックを与えた存在だった。
ぼくもそんな、格ゲーに、バトIIに取り憑かれた一人だった――。
◇◆◇◆◇◆◇
「今日は調子いいじゃん」
入れ替わりに2P側に座ったサルみたいな顔をした高校生が声を掛けてきた。
こいつもぼく同様にジョイスタの常連。年が近いせいもあり、ぼくにとっては一番仲がいい奴だ。
お互いのプレイスタイルやクセもよく知っている。やり易くもあり、やり難くもある相手だ。
人懐っこいサルにつられて、対戦が始まるまでの短い時間、二言、三言のやり取りがあった。
馴染みの気安さもあって少し緊張が緩んだけど、それも対戦開始の掛け声まで。
ベルの音を耳にしたパブロフさん家のワンちゃんのように、意識が切り替わり、集中していく。研ぎ澄まされ、自分という存在が消えて、無になっていくような感覚。
ぼくはこの瞬間が一番好きだった――。
サルとの対戦はぼくの勝ちで幕を下ろした。
たしかに今日は調子が良い方だ。実際、今ので17連勝。
バトIIは二本先取で勝敗が決る。
勝った方はそのままプレイを続けられるが、負けたらそれでおしまい。もう一戦したければ、ワンクレジット投入しなければならない。
ひと試合はだいたい2、3分。短ければ1分もかからない。勝ち続ければずっと遊び続けられる一方で、負け続ければ千円くらいあっという間に無くなってしまう。
回転効率の良い対戦格闘ゲームの登場は、ゲーセン側からしても非常に喜ばしいことだった。
連勝中のぼくはワンコインで30分以上プレイし続けている。50円でこれだけ遊べるなら、コストパフォーマンスは非常に良い。
もちろん、いつもこんなに順調というわけじゃない。調子が悪い時は全然勝てないし、ぼくよりも強い人が居座っていたら、今日みたいなコンディションでもこうはいかない。
次の相手は大学生くらいのメガネを掛けた男だった。1ヶ月くらいからジョイスタで見かけるようになった。ぼくも何度か対戦したことがあるけど、負けたことは一度もない。コンボを出したりと、基本的な動きはできているが、それだけではここじゃ通用しない。
ぼくはいつもどおりサクッと対戦を終わらせた。これで18連勝。
――強さこそ全て。
このシンプルなルールにぼくは惹かれていたのかもしれない。
「みんな仲良く」だとか、「人類皆平等」だとか、そういった口当たりのよい、もっともらしい嘘くささ――そんなゴテゴテした空虚なホイップクリームでデコレートされた日常生活から逃げ出したくて、ぼくは対戦台に向かっているのかもしれない。
薄ら笑いを浮かべた当り障りのないコミュニケーションではなく、剥き出しになった人間本性のぶつけ合いを求めて。
対戦中はなにをどう主張しても構わない。どのように自分を表現しようと自由だ。
自分と相手がそうやって対峙し、強い方が勝つ。ただ、それだけだ。
限られた世界の中では、善いも悪いもない。年齢も性別も関係ない。社会的な肩書きや立場なんか鼻紙にもならない。
まさに、平等主義者にとっての理想世界――そんな世界が画面の向こう側には、確かに存在していた。
コミュニケーション手段は非常に少ない。なにせ、ぼくたちには1本のスティックを傾けることと6個のボタンを押すことしか許されていないわけだ。
現実の人間関係と比べたら、ほとんどゼロと言っても良い。
それだけの原始的な手段だけで、自分を表現するしかないんだ。
でも、その分、誤魔化しも虚飾も言い訳もない。だからこそ、逆にぼくみたいなガキでも自分の思いを相手に伝えられる気がしたんだ。相手の言葉を受け取れる気がしたんだ。対戦を通じて誰かと会話できると――そう感じていたんだ。
19人目は縦にも横にも大きいブタみたいなナリをした高校生だ。
ぼくは心の中では「ぶーちゃん」と呼んでいた。
でも、その見た目に騙されちゃいけない。
ぶーちゃんは強い。ここジョイスタで一番強い。
常連たちの間でも、みんなとは少し距離を置き、必要以上に馴れ合わない。
その本質は、獰猛で血に飢えた狼のようだった。
今のところ、ぶーちゃんに2連勝しているが、次も勝てるかどうかわからない。
自分と相手の力量、そしてお互いのコンディション。それを把握できるくらいは、ぼくも強かった。
というかそうでなければ、この場所では問題外。一方的に狩られるだけだ。そう、さっきの新顔のように。
ぶーちゃんがぼくの隣に座り、50円玉を投入する。
クレジットが追加されたSEが鳴り響く。
周囲の喧騒が消え去り、ぶーちゃんのことも意識の外へ。
ぼくはディスプレイの中の世界に没入していった――。
お読みいただきありがとうございます。
本作は不定期連載です。
あまり更新頻度は高くないです。
忘れた頃に更新すると思いますので、ブクマするか活動報告を見ていただければと思います。
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『神様とアパート同棲して勇者バイトはじめたはずが、気づいたら幼女魔王を子育てしてた』も同時連載中です。
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