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僕と星の君  作者:
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其の星の名は

 人間は欲深で残酷で、血も涙も無い恐ろしい存在だと、幼い頃から教わってきた。

 決して人間に心を許してはならない、人間は多くの嘘を吐いて純粋な妖精を騙すから。そして夜に出歩いてはならない、身体が発光し、妖精と知られて人間に捕まってしまうから。ずっとずっと、言い聞かせられてきた。……それなのに、私は愚かにも言いつけを破り外へ出てしまい……捕らえられた。……ただ、私は――が、見たかっただけだったのに……。


◇ ◇ ◇


 人に捕らえられ、私は暗く湿った、小さな場所に閉じ込められた。……冷たく、息苦しい。薄着のままだから、直接床に座っていると、身体が冷えてくる。隅に使い古された布が敷かれている。身体を起こして重い枷を引きずりながらそこへ移動し、腰を据える。……体中にできた、傷が痛む。人間が“検分”と呼ぶ作業の時に、暴れてついた傷だ。……服を剥ぎ取られ裸にされて、触れ調べられて……多くの無機質な瞳を向けられ“私”という存在に、どれほどの価値があるのかを計られた。……屈辱だった。どうして私がこんな目に合わされないといけないのか。……悔しくて、口惜しくて仕方ない。殺意だけで、人間を殺すことができたらいいのに。

 人間は恐ろしい存在だ。

 妖精の仲間たちが口にする言葉を、もっと真剣に受け止めておけばよかった。“自分は大丈夫”、そんな根拠の無い自信なんて、捨てておけばよかった。……これから先、自分がどうなるかなんて考えたくも無い。人間に捕まった妖精の末路なんて、一つしかないけれど……いやだ! 私は……死にたくなんて……ない!

 その時、ガタンと何かが揺れる音と同時に、一筋の光が差し込んできた。反射的に俯けていた顔を上げると……人間の、子どもが立っていた。


 ――子どもは“セイ”と名乗った。


 子どもは何が面白いのか、よく私に会いに来た。私はセイが何を話そうとも、一言も返さなかった。……だって、彼は私を閉じ込めたあの狩人の息子だったから。できることならば、視界に入れることすら嫌だ。そう思って、話しかける子どもに反応することなく、私は無視をし続けていた。けれど、子どもは何も応えない私に構うことなく話し続け、いつも「またね」と言って出て行く。そして次の日も同じようにやってきて、同じように出て行く。次の日も、その次の日も。……“またね”? また、なんて、私にはあるかどうかすら分からないというのに、どうして当然のように口にすることができるのか。

 狩人が私を生かす理由は一つだけ。……少しでも新鮮で、獲物の活きを良くするためだけだ。この小さな部屋に押し込められた時にできていた傷は、今はもう、ほとんどが薄くなっている。……傷が、全て癒えた時……私は、殺されるのだろう。

 ……どうして、こんなことになったのだろうか。……どうして? はじまりは……なんだったのか……。

 死の恐怖に麻痺してしまった私の頭は、正常に動いてくれない。……そういえば、どうして私は人に捕まる危険を顧みずに、外へ出てしまったんだっけ……?


「――天文学者に、なりたいんだ」


 閉じていた目を開ける。目の前には、憎い狩人の息子が目を輝かせて“夢”を語っていた。


「星ってね、凄いんだよ! 一つ一つ星が集まっていろんな絵ができあがるし、星を使って方角とか分かるんだ! だから僕、もっともっと、星のことを知りたいって思ってるんだー」


 気がつかなかった。……彼は、いつの間にここに来ていたのだろう。最初は、間近で感じる“人”の気配が恐ろしくて仕方なかったのに……どうして今は、子どもが傍にいることに対して、違和感を感じなくなっていたのだろうか。……それに……“ホシ”……?


「それでね、えっと……」

「……“ホシ”って、何?」

「……え?」


 無意識だった。

 話しかけるつもりなんて、なかったのに。……無意識のうちに、口から言葉が飛び出していた。

 私が話しかけるだなんて思っていなかったのか、子どもはとても驚いた様子で目を見開いている。……その様子を見ていると、なんだかこちらが意固地になっていたのが馬鹿らしく感じられ、この際だから疑問に思ったことを尋ねてしまおうと思った。


「ねぇ、“ホシ”って……なぁに?」

「……え、あ……星って、いうのは……」


 子どもはどもりながら、“ホシ”について話し始める。

 姿を視界に入れることすら不快に感じていたのに、私はその時から子どもと少しずつ、話をするようになった。……話をするようになったといっても、私は子どもの話す言葉に対して、ほんの欠片しか返さなかった。けれど、子どもは無邪気に喜んでいた。……本当に、子どもだ。こんな子どもに対して、私は何を強がっていたのだろうか。

 “ホシ”の話を興味深く聞く私を見て、子どもは私が“ホシ”のことを知らないのだと察したようだ。子どもは夢について語った時と同じように瞳を輝かせながら「一緒に星を見ようよ」と言い出した。……この、無邪気な子どもと一緒に、“ホシ”を見る。……それは、とても心惹かれる言葉だった。見たいな、と素直に思った。


「……うん。……セイと一緒に……見たい、な」


 この時、初めて子どもの名前を呼んだ。口にするまで忘れていた。……そうだ、この子どもの名前は……“セイ”。セイ……セイ、優しい響きの名前だと思った。

 呼んだ瞬間、子どもが一瞬泣きそうに表情を歪ませたかと思うと、次の瞬間には満面の笑みを浮かべていた。嬉しいのか、目尻に涙がたまっている。その喜びように、私は息苦しさを覚えた。この子どもの無邪気さは、時に残酷にさえ感じてしまう。……ねえ、君は本当に分かっていないの? どうして私が、こんな所に閉じ込められているのか。……どのような結末を迎えるのか、君は知っているはずだよね? ……一緒に星を見ることは、不可能だということが……本当に、分からないの? きっと、私は上手に微笑うことが、できなかったと思う。残酷なほど無邪気な子どもを見ていることが、堪らなく辛かった。……ううん、きっと、躊躇いも無く未来を語る子どものことが、妬ましかったんだ。自分には未来がないということを、改めて意識させられてしまった。純粋で、愚鈍な子ども。私の結末を知った時、君は悲しむだろうか。それとも妖精の糧を得ることができて喜ぶ? 何も感じない? ……嘆けばいい。私の死で、あの子どもに少しでも疵をつけることができたらいいのに。少しでも、苦しめばいいんだ……人間なんて。

 戸が開いて数人の足音が近づいてくるのを感じる。……この足音は、私にとっての死だ。人間に喰われるまでの、ほんの少しの猶予期間の終える合図だ。

 人間たちが私の周りを取り囲み、見たこともないような器具を取り出している。……ああ、死ぬんだな、私。身近に迫る死の恐怖に、小さく身体を震わせる。……やはり、あの約束は果たされそうに無い。……“ホシ”を、見てみたかったな……。


 ――……だよ。


 子どもとの約束が頭によぎった瞬間、母の言葉を思い出した。……そうだ、私は……あの時の母の言葉に、胸を躍らせて……そして、愚かにも外へと出てしまったんだ……。


 ――お前の名前はね……だよ。


 私の名前。それは、妖精たちの世界には存在しない、ある美しいものからつけられた。


 ――お前の名前はね……“星の花”から……つけたんだよ。


 夜空の下、星の光によって輝きを放つ白い花。……私の名前は――“星の花(アステーラ)”。


 ……人間に捕まった衝撃と、自らを蝕む死で忘れていたけれど……そうだ、私は、私と同じ名を持つ花を見たくて、外に出たんだ。……どうして、もっと早く思い出さなかったのだろう。……もっと早く思い出していたら……星を愛する、あの小さな子どもに、教えることができたのかもしれないのに。

 人間の手が、私の髪を掴む。そのまま持ち上げられ、冷たい刃が肌に当たる。


 ――さようなら。


 呟きよりも小さく、言葉を落とす。

 ……最期に浮かんだのは仲間の妖精たちの姿ではなく……何故か、憎いはずの人間の子ども(セイ)の姿だった……――


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