社内慕情
その大きな部屋は強化アクリルの透明な壁で幾つかの区間に区切られている。
一番広い、ライン作業の区画の端で作業服姿の女性がその壁に向かって首を左右に振っていた。正確には、壁ではない。二つ三つ区切られた、その一番向こうの端、極秘エリアにいる人物に向けているものだ。透明な壁が並ぶ中、極秘エリアの壁だけは下方の三分の二ぐらいが擦り加工されている。
否定の形に首を振っていた女性は、ぺこりと一度、謝罪のお辞儀。次いで透明な細い筒を二本持ってくると、一本目に淡い黄色のボールを八個、縦に並べて入れた。その筒と自分の鼻先とを交互に指差してから、ピンク色のボールを三個、その筒に追加で入れる。その後で、二本目の筒に紫色のボールを十六個、一気に入れて、その筒と相手を一緒に指し示した。
続いて筒から離した両手を広げて胸の高さまで上げて、驚きのポーズ。そこから顔の高さで空間に四角く形を描いて、それを両手で丁寧に差し出す仕草をした。これは差し入れの手つきだ。
相手は、うんうんと頷いたのか、はて。と首を傾げたのか。
とりあえず見守って、女性は、はふ。と吐息を一つ。
彼女は権限がないから、極秘エリアに入れないのだ。
同じ会社で働いていても、休憩時間も行動する範囲も全く違うので、会うことはない。
一人になると考える。
もっとたくさん、遠くからのサインじゃなくて、近くで直接やり取りできたら、もっと良いのに。
あの人の番号を知っていればな。
社内便。極秘エリアから回収に来る人と、宛先まで配る人とが同じなら、その人が協力してくれたらな。
な。な。な。
しかし、と彼女は思い直して首を振る。
昔はすれ違っても気にもとめない間柄ーー他人の他人だった。
それに比べれば、今は、マシだ。毎朝、始業時間に放送がかかって、もちろん、全従業員にあててリライトされた別の言葉だけれど、その中から、伝わってくる気持ちがある。広報部も放送部の人にも彼女は感謝している。
それでも、日々の生活のあちこちで追加の心のかけらを探す。
休憩室に置いてある週刊の社内報。不定期更新の、イラストが素敵なポスターは、いつも一人称の気分。
そういったものを眺めながら、ふと耳に入るのは退職する人の噂。
彼女は少し肩を落とした。
ああ、きっと本当は、辞めてほしいなんて、言う方だってしんどいのだ。
辞めるって決めるのも。
何があったんだろう。みんな大丈夫かな。
こう、全部がまるく収まるように、何かできたら良いのに。
貴方のためにも。
水筒片手に休憩室を出た女性は、まるく祈って作業場へ戻っていった。