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「明日のことを伝え忘れていたって気がついたの」
電話が通じると名乗りもせずに角野潤はそう切りだした。
「明日のこと?」
「昼からでかけたいので、一時ごろに迎えに来てほしいのだけれど」
ちょっと待ってくれと佐伯弘貢はいったが、その声はおもいのほかおおきくなってしまった。電話の相手は沈黙し、佐伯弘貢の言葉を待った。少々場都合のわるさを感じながら、佐伯弘貢は冷静に話そうと努めた。
「きみのボディーガードは、学校への行き帰りのあいだや学校内だけではないの?」
「ひと月お願いしたつもりなのだけれど」
「まさか学校が休みのときも含まれていたとはおもわなかったよ」
角野潤はふたたび沈黙した。自分の意図が正しく伝わらなかったことに対しての歯がゆさなのか、それとも理解力の乏しいクラスメイトに対する怒りや呆れによる沈黙なのか佐伯弘貢には判断できなかった。たぶん両方なのだろう。
「できれば、土日を含めて、私が家の外にいるときはボディーガードをしてほしい」
もちろん、きみの都合を教えてくれたらそれにあわせるとつけ加えた。
あたらめて提示されたボディーガードの内容は、ふたつ返事で頷くにはためらいをおぼえるものだった。
土日にも呼びだされるかもしれないことに関しては、さほど抵抗は感じなかった。ひとり部屋で本を読んですごすよりも、クラスメイトと顔をあわせていることのほうが健全で有意義な休日の過ごし方だろう。
佐伯弘貢にとって問題なのは、その顔をあわせる相手が暮木ミゾノであることが望ましいということだった。たとえば明後日の日曜日、角野潤が外出したいから来てくれないかといわれたらいけない。
角野潤との約束よりも暮木ミゾノとの約束を優先したい。毎週末を暮木ミゾノと過ごすわけではないが、角野潤の提案には曖昧さがある。いつ彼女が外出したいとおもうかは不確かであり、それは不意に会いたいということのある暮木ミゾノの不確かさとぶつかりあった。
暮木ミゾノが会いたいというとき、佐伯弘貢はかならず彼女のそばへいけるようにしたかった。
「あらかじめ土日に外出する予定があったら、それまでにきみに伝えておくわ。できればボディーガードしてほしいけれど、きみ自身に予定がはいっているのなら諦めるから」
佐伯弘貢は角野潤の言葉を慎重に考量した。角野潤のいうことは不鮮明なことばかりであることはわかっていた。わかっているうえで佐伯弘貢は彼女の依頼を受諾した。角野潤の説明が不鮮明であることよりも、彼女がなにかしら問題を抱えて困っているらしいことのほうが気になった。ボディーガードなどという日常聞き慣れない言葉にも不穏さを感じた。
そんな不穏さをまとったクラスメイトを、佐伯弘貢は無視することができなかった。
やはり佐伯弘貢は角野潤の依頼を受けることに決め、明日の昼一時に待ちあわせることになった。