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一五分かけて目的の家に辿り着いた。変哲のない一軒家だった。つまりちょっと見には周囲の家屋と似たような外見に見えながら、よく見れば屋根のかたちも壁の色も異なっていることがわかる類の家だった。
角野潤は友人の家だといっていたが、チャイムを鳴らして玄関にあらわれたのは大人の女性だった。おそらく友人の母親なのだろうと、生け垣の隙間から覗き見ながら推測した。角野潤はその友人や家人にひとりできたことを示したそうだった。佐伯弘貢は彼女の望むまま玄関から死角になる場所で待つことにした。
表札にはASAKURAとある。朝倉かもしれないし、浅倉かもしれない。もしかしたらどちらでもないかもしれない。佐伯弘貢にとっては未知の名だった。角野潤は友人について詳しく話そうとはしなかった。
友人の部屋は二階にあるらしい。玄関から見て左上方にある部屋の窓のカーテンがひらかれて、朗らかな表情をした角野潤が姿をあらわした。室内のだれかにむかって話しかけているらしい。すぐに彼女は室内の死角へはなれていった。窓辺には薄暗い部屋に対して鮮明なオレンジ色の花が一輪、ガラスの花瓶に活けられていた。
十数分待った。手持無沙汰だった。用もないのに携帯電話をとりだし、待ち受け画面を眺めながら角野潤の友人とはどんな人物なのだろうと考えた。
同級生だろうか。学校では会いづらい人なのかもしれない。たとえば風邪で休んでいるクラスメイトかもしれない。しかし今日のクラスに欠席者はいなかった。ならば二年でクラスが別になってしまった友人かもしれない。もしくは角野潤がいうところの休養中の科学部員という可能性もある。高校に限らなくとも、たんにほかの学校に通っている中学時代の友人かもしれない。可能性はいくらでもあった。
玄関の開く音がする。佐伯弘貢はとなりの家の生け垣まで足音をたてずに移動した。それじゃあ、また来ますという声のあと角野潤がとおりにあらわれた。佐伯弘貢と目があってもリアクションは示さず自然に歩きだす。佐伯弘貢は彼女がちょうど隣にならぶタイミングで歩きだした。
「僕がいっしょにいることは、やはり知られないほうがいいの?」と佐伯弘貢は問うた。学校へ戻る道を半分はきたところでのことだった。
「そうね。申し訳ないけれど」その口調がそっけなく少々雑にすぎるとおもったのか、角野潤はちゃんと顔を佐伯弘貢へむける。「ごめんなさい。ついてきてもらっているのに」
気にしていないと佐伯弘貢は答える。実際、少々声音が厳しいところで機嫌が平生より優れないのだろうとおもうだけだった。
なんとなく、アサクラという人の家をでてきてから角野潤は不機嫌そうだった。はっきりそういう態度を示しているわけではなかったが、歩く速度がやや増し、視線も心持ち足もと寄りに落としていたことから佐伯弘貢は彼女の気分の変化を感じとっていた。
「なにか悩んでもいるの?」
「なぜそうおもうの?」
質問に質問で返すあたり、やはり角野潤は少々不機嫌なようだった。佐伯弘貢は直截にそのことを指摘した。あの家をでてからきみは不機嫌そうだった。なにかあの家の人のことでおもうところがあるのでは?
「そう。よく見ているのね」といって角野潤は頬笑む。「きみのいうとおり。私は今、ちょっと機嫌がわるいの」