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おかけになった電話番号は、電源がはいっていないか電波の――
「ほらね」
金杉聡美は佐伯弘貢の耳もとへのばしていた手をひき、乱暴にスマートフォンの画面を親指でおしつける。不機嫌そうな表情はいつもとかわらないが、事情を知っているなら話せと目は訴えかけている。
「木曜からずっとじゃん。弘貢はだいじょうぶだろうっていうけどさ、もう火曜だよ?」
定期テストを終えたあと特有の弛緩した活気でわきたつ教室に、空席がひとつだけある。そこでテストを受けるはずだった生徒は金曜日から姿を見せていない。金杉聡美は眼差しに憂いをこめ、ほんとうにミゾはだいじょうぶなのかと問うた。
だいじょうぶさ、と自信をもって佐伯弘貢はいえなかった。はやい時期のインフルエンザにでも罹ってしまったんじゃないかと嘘をつき、会いにいってみるよと約束した。
「頼んだから」
金杉聡美はそういい残して田川隆嗣とともに教室からでていった。彼女が暮木ミゾノの友人であることを、佐伯弘貢は感謝した。
約束したものの、実をいえば学校が終わったら暮木ミゾノに会いにいくつもりでいた。会って、気がすむまでいっしょにいて、いろんな話しをするつもりだった。たとえば彼女ののびすぎた前髪についてとか、彼女がどんな髪型にしたいとおもっているのかとか。それからどんな髪型が似合うとおもっているのかを話そう。活発そうなポニーテールは、いまの彼女にあっているに違いない。
ふたりと入れ違いに、メガネをかけた背のたかい女子生徒がドアのところにあらわれた。綾瀬一美だった。目があったので会釈すると、彼女は指先を軽くふって呼びよせた。
廊下は生徒でごったがえしている。あちらこちらで甲高い声があがったり、また明日の挨拶が聞こえてきたりする。遠くのほうで、遊びにいこうぜと呼びかけられた田川隆嗣が、部活だよと叫びかえした。
廊下に、支柱で出っ張った部分がある。綾瀬一美は出っ張った部分に肩をもたれるようにたち、佐伯弘貢はそのとなりに背をよせた。
「麻倉が学校に戻ってきた」前置きもなく綾瀬一美は切りだした。腕をくむ姿が凛々しいと佐伯弘貢はおもった。「あの日、いったいなにがあったんだ?」
彼女の言葉は問いかけというよりも詰問のようだった。彼女にはそう問う権利があるし、佐伯弘貢には答える義務があった。だが、話すのには抵抗があった。
「たいしたことじゃないよ。ふたりは話しあって解かりあったんだ」
「嘘だな。すくなくとも本質からはズレてる」
手ごわいなと佐伯弘貢は苦笑する。うまく話せる自信はなかったし、人の耳のあるところでしたい話題でもなかった。
「あまりこういうところで話したくないな」
「私はあの日、電話のあと、ショッピングモールまでいったんだ」
意想外の言葉に佐伯弘貢は二の句が継げなかった。ただ、綾瀬一美の性格を考えれば納得できる。きっと彼女は名まえと顔を知っていて、なおかつ話したことがすこしでもある人は友人なのだ。そして友人が困っているのを見過ごすことなんてできないのだろう。
「きみたちには会えなかったが――」
いいさして、佐伯弘貢の目を見つめる。睨むようであり、憂うようでもある。佐伯弘貢は心が揺れそうだった。綾瀬一美に話せないわけなかった。ただただ、場所がわるかった。
さらに追究されたら話してしまうかもしれないとおもったが、彼女はため息をついて、「会えなかったな」といいなおした。
「まあ、いずれ話してくれればいい。なんなら、麻倉本人から聞きだすさ」
「あんまり困らせないでやってほしいな」
「友達に隠し事なんてあるか」
あまりにもまっすぐな言葉が鮮烈だった。「変なことをいったか?」と恬然としている綾瀬一美がおかしくて、「そんなはずないさ」とかえした。
彼女は厳しくやさしい。きっと数日後、おそれるものなんてひとつもない空気のなかで、困ったように麻倉名美は彼女にあの日のことを話すだろう。
「麻倉がだいじょうぶそうなら、まあ、いい。ところで、私はこれから書道部へいくが、きみはどうするんだ?」
「帰るよ。会いにいく人がいるんだ」
「じゃあ、下駄箱までいっしょだ」
ピークを過ぎた廊下に人の姿はまばらになっていた。それでも教室内から人の気配はただよってくるし、全体に空気はあたたかかった。雨音響く薄暗い階段とは大違いだった。
薄暗い階段にふたりとり残されたあと、ほどなくして暮木ミゾノはたちあがった。ショッピングモールへ戻り、壊れたオブジェの後片付けをしているところへでていき、これは自分のしたことだと告げるために。
疲れ切って険悪な顔をしたスーツ姿の男が、ふたりを事務所へ連れていき、何人かの大人たちとともに事情の説明を求めた。暮木ミゾノは、気がたっていたからおもわず携帯電話を投げ捨ててしまい、それがオブジェにあたってしまったと説明した。そして、あんなことになるとはおもわなかった、申し訳ないことをしてしまったと謝った。佐伯弘貢は彼女のとなりにずっといて、必要があれば話を補足した。
殺気だった大人たちはいくつかの暴言をはいたあと、脅すような声音で警察と学校に連絡をするといって、そのとおりにした。やがてやってきた警察官にも暮木ミゾノは同じ説明をし、佐伯弘貢は事情を補足した。
若い警察官がふたりの話を聞いた。彼は、きみが投げたのはただの携帯電話? と問いかけた。そのとおりだと暮木ミゾノがうなずけば、トンカチでもつけていたの? といって苦笑いをうかべる。近くの警察署まで連れていかれるとき、佐伯弘貢はだれかがこういうのを聞いた。
「ケータイひとつで壊れるようなものをぶらさげていたなんて――」
警察署でも同じ話をしたあと、ふたりは別々の部屋で親が迎えにくるまで待つよういわれた。連絡を受けた母親が、心配に眉をさげて迎えにきた。暮木ミゾノの親が迎えにきたあとのことだった。




