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 ふたりは吹き抜けをまわりこみ、両側の通路をつなぐ渡りの部分でいっしょになった。麻倉名美はなにかを言おうとしたが、角野潤がそれをさえぎった。いちはやく群集する人々からはなれたい、はなれなければと角野潤は感じていた。

 手を引かれた麻倉名美が、じゃっかんのためらいをしめしたが、すぐにおとなしく歩きだした。店舗の切れ目を近くにみつけて、角野潤は足早にその通路へむかった。歩きながら麻倉名美の様子をうかがうと、一見したところ異常はなかったので安堵した。制服によごれや変形はなく、運動靴もちゃんと両足をおおっている。

 通路のさきはフードコートだった。ひらけているせいか、人はそれほどおおくなくみえた。ここにいる客たちはまだ、メインストリートでの出来事を知らないようだった。

 敷地の中央付近の壁一面がガラス張りになっていて、夜の黒色が枠いっぱいにひしめいていた。窓のむこう、底の抜けたような暗がりの奥に、共用通路の蛍光灯の明かりで団地がぼんやりとみえている。角野潤は窓の端の壁際にたちどまった。

 どこかで料理のできあがりを告げる電子音が鳴りだした。肉の焼けるにおいと調味料のかおりがまざってただよう。にぎりしめたままの麻倉名美の手が脈動する。おちつきのない眼差しをしていた。

「もうだいじょうぶよ」と角野潤は言い、さっきのは――と言いかける麻倉名美の言葉にかぶせて、「なんだったんだろうね」とつづける。麻倉名美の全身をあらためながら、どこか怪我していないかと聞いた。

「暮木さんが、携帯電話を、投げたから」

 会話がつながっていないと角野潤は不審がった。麻倉名美は相手の言葉一つひとつに意味のある言葉をかえそうとつとめる。いつだって相手のことを理解しようとするし、自分のことを理解してもらおうとしている。

 それなのにいま、麻倉名美は一方的に自分のことを伝えようとしていた。

「どういうこと? あれを壊したのは、暮木さんなの?」

 麻倉名美はうなずく。ためらいのない動作に、暮木さんはどうしたの? と問うか、なんでそんなことを? と聞くか迷ってしまう。その間に麻倉名美は言葉を継いだ。

「暮木さんが、困ってる。佐伯くんに知られて、こわがってる。佐伯くんはまじめだから、きらわれて、みむきもされなくなるって」

「そんなこと、自業自得でしょ?」

「でも、後悔してる。潤ちゃんだって、わかってるでしょ? 暮木さんが、なんで私たちにあんなことを、したのか?」

「関係ないよ。本性に逆らえませんでしたなんていうのが、人を傷つけてもゆるされる理由になったら、この世は無法地帯になってしまう。気ままに振る舞ってだれも咎められない無秩序な世界になってしまうよ」

「そんな立派で、たいそうな話じゃ、ないよ。もっと、個人的な話でしょ? 本人もどうにかしたいって、おもってる。なら、改善の余地は、あるでしょ?」

 角野潤は不安でたまらなかった。麻倉名美が暮木ミゾノのことをかばっているようにみえた。そんなはずはない。ずっと私たちは暮木ミゾノのいやがらせをどうにかしようとしてきた。でも、今のナミはまるで――

「克服してほしいのでしょ?」と麻倉名美が言った。握っていたはずの麻倉名美の手は、気づけば角野潤の手を握りなおしている。「潤ちゃんは、暮木さんに本性を克服してほしいのでしょ? そのために、いろんなことを考えて、佐伯くんにも協力してもらおうとしたんだよね? 私に学校を休むよう勧めたのも、潤ちゃん自身が暮木さんの本性の標的になったのも、ぜんぶ暮木さんのためだったのでしょ?」

 それは違うと角野潤は言いかけてやめた。やめざるをえなかった。自分と麻倉名美とのあいだで、おおきな認識の違いが起こっていたことに気がついた。暮木ミゾノが本性を自制できるよううながすのは、あくまで麻倉名美が平穏な学校生活へもどってこられるようにするための方便だった。暮木ミゾノを学校から追いだすことが現実的ではないゆえの次善の策だった。

 しかし、はっきりと麻倉名美にそう説明したことはなかった。当然麻倉名美も暮木ミゾノを憎んでいるとおもっていた。暮木ミゾノがいなくなることを望んでいると、あたりまえにおもっていた。

「潤ちゃんは、暮木さんが本性を自制できるようになるって、言ったじゃない。だから私は、暮木さんを信じた。もちろん暮木さんにされたことはかなしいけれど、それでもいつか、あたりまえにしゃべれる友達になるんだって――それに、暮木さんは、潤ちゃんの、幼馴染でしょ? なら、きっと、だいじょうぶだって――」

 なんてことだ。角野潤は自身の軽薄さを悔いた。角野潤が暮木ミゾノをたんなる害悪としかとらえていなかったのとは裏腹に、麻倉名美は角野潤の建前をほんとうだと信じ、暮木ミゾノが本性に打ち克つのを待ち望んでいた。

「暮木さんは、携帯電話を放り投げて、どこかへいっちゃった。あんなことになったから、学校にも、いられないかもしれない」

「暮木がいなくなれば、安心して学校生活を送れるようになるわ」

「本気で言っているの?」

 自分とあわない人を除外してそれでいいというのなら、暮木ミゾノの本性となにもかわらない。彼女の理性を信じるのなら、彼女と同じことを私たちがしてはいけない。麻倉名美はそう角野潤に訴えかけた。

「暮木さんと、ここへくるまでに、すこしだけ、話した。不機嫌そうだったけれど、きっと、とても困っていたんだとおもう。どうしたらいいのか、わからなくなったんだとおもう。私とむきあうことだって、ほんとうはいやだったはず。暮木さんを助けなきゃ。ねえ、潤ちゃん。暮木さんを、助けてあげて」

 なぜこんなにも自分を傷つけた相手を真剣に慮れるのか。いや、それは麻倉名美の意地のようなものだ。暮木ミゾノと同じことはしない。相手をだきしめて、それではいけないと切実に訴えるのが麻倉名美なのだ。角野潤は、麻倉名美のことをあまく見積もっていた。

「わかったわ」窓のむこうには団地の明かりがみえている。「暮木に手をさしのべてみよう」

 暮木ミゾノなんてあっけなく救われてしまえばいい。ナミのやさしさをおもいしらせてやる。

 角野潤は携帯電話を手にとった。

 前回の更新からだいぶ時間が空いてしまい、お読みいただいている方々に失礼をいたしました。

 これから週に1度のペースでの更新に戻せたらとおもっています。

 お読みいただきありがとうございます。最後までお付き合いいただけるとうれしいです。

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