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ショッピングモールについてすぐ、ともに行動することは効率的でないと角野潤も佐伯弘貢も悟った。ふたてにわかれようと佐伯弘貢が提案するのはまっとうであり角野潤に異論はなかった。
麻倉名美や暮木ミゾノを見かけたら連絡をとりあうようたしかめあってから、まだ五分も経っていないはずだった。しかし迫る一分後が三〇秒後が一秒後が、角野潤には不幸の終局に切々と感じられる。モールにあふれる幸福からにじみでた表情のいずれにも友のものはなかった。
氾濫する人の声と足音とを一つひとつ聞きわけようとして、暮木ミゾノどころか麻倉名美の温厚な眼差しもゆったりとした声音もおもいだせないほどの混乱のなかにいると気づいたとき、行き交う人々の流れの中洲となって角野潤はたちどまった。同年代の少女たちのグループが自分の絶対性を信じてあげる笑い声がひびき、愚痴の矛先にむけた同僚をいっぺんに社会問題へと発展させる夫の言は、ぐずる赤ん坊の背に手を添えてあやしながら無表情に相槌うつ妻にはとどかない。
ごつりと後方から肩をつかれてバランスをくずすと、頭上からじゃまだよと野太い声をあび、鳴き声じみたたかい調子の嗤笑がいくつか重なって聞こえてくる。男女のグループがちらちらとふり返りながらはなれていくのを角野潤は見た。
深く息をついてのろのろとガラス張りの柵のそばへずれて手摺によりかかり、あらためて人波をながめる。いちど狭小した集中力を解いたせいか人々の面相はすべて同じに見えた。
ふっと鼻から息が抜けていく。
近くのアパレルショップで女性店員が芸人のような声で呼びこみをしていた。館内放送は前照灯がついたままの車の持ち主に警告している。どこかでこどもが泣いているようだ。いらだたしげな声の主は母親だろうか?
日常だった。どこもかしこも日常ばかりだった。日常は紛れこんだ非日常をおおって人々の意識を領するのだ。ショッピングモールは角野潤にとっての日常だった。幼いころからなんどとなく家族と買い物にきたり、あまり気がすすまないままアパレルショップでカーディガンやスカートを買ったりするわけだった。この場所はあらゆる点で日常のなかにある。
だが佐伯弘貢といっしょに歩いてまわったときの感触は日常のものでなかった。おもいだすにつけ甘ったるいカフェオレの味とともに腹だたしさがこみあげてめまいがする。
佐伯弘貢と親しくなろうとすることは苦痛をともなった。暮木ミゾノとともに視界からきえてしまえばいいとなんども願った。暮木ミゾノを好もしくおもっている佐伯弘貢は、麻倉名美を傷つけることに協力したのと同じだった。嫌悪すれど親しくなるなんて身の毛もよだつ。だが麻倉名美をおもえばそんな感情を口にすることはできなかった。彼を否定することは彼女のことを傷つけることでもあった。なにより佐伯弘貢のパーソナリティは麻倉名美のために必要なものだった。
意図せずもれた吐息が苦々しく、すがめる眼差しを吹き抜けへ流した。
銀色の鎖が天井から垂れさがって巨大な棒の中央に連結している。棒の両端からも鎖は垂れ、さらにべつの棒の中央に結びついている。三段四段とくりかえしあみだに垂れた鎖の果てには、繚乱と花がつめこまれたトウのバスケットがぶらさがる。起点となる巨大な棒から左右にだんだんと連なるバスケットの多寡は、一方の側がいびつな樹形図様にかたよっている。しかしバスケットのおおきさは不均等であるがゆえに、梃子たる巨大な棒は天頂で水平をたもっている。全体はかすかにゆれて階下の床や人々の頭上にゆらゆらとした影を落としていた。
人々は自然と規則的な流れにしたがってぶらぶらとしているが、よくよく見れば毛色の異なる人物もいて、たったひとり学生服のまま人の流れを右往左往する影がある。
あの様子ではまだふたりのことを見つけられていないのだろう。
暮木ミゾノが麻倉名美をともなっていける場所はほかにないとおもっていたが、もういちど考えなおさなければならないと角野潤は懸念しはじめ、それでは彼女はどこへいくのかと内に問えば、あまりにもあっさりと可能性は過去のなかにあった。
人の流れにきえかかる佐伯弘貢へ電話をかけようとすると、不意を突くように彼は人海のなかにたちどまって角野潤に首をかしげさせた。ごそごそとブレザーのポケットをまさぐると、とりだした携帯電話を耳もとへもっていこうとしてやめた。ディスプレイが告げる対話を求めている相手は意想外の人物だった。しかし佐伯弘貢に戸惑っている余裕などなかった。すぐさま応じなければ手遅れになってしまいそうな恐怖に通話ボタンを押下する。受話口を耳へおしつけると、ミゾなのか? とすがるように呼びかけた。




