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角野潤が昼食を食べにいくという。佐伯弘貢は暮木ミゾノのそばにいたかったため、昼休みぐらいは解放してくれないかといえば、首を横にふられる。しかたなく従うことにした。
教室を出たところで暮木ミゾノが呼びとめた。暮木ミゾノは佐伯弘貢に近づき、彼のブレザーの裾をつかんだ。いつもみたいに、昼いっしょに食べようよ?
「申し訳ないのだけれど、しばらくのあいだ弘貢くんはお借りさせていただきます」
ふたりのあいだに割りこんで角野はいった。暮木ミゾノはなにをいっているのだという目をして角野潤を見るが、気にせず角野潤は佐伯弘貢の肩をおす。暮木ミゾノはそれでも裾をつかんでいたが、ながくはもたなかった。佐伯弘貢はごめんと一言いえたぎりでほかに言葉はうかばず、廊下を曲がるまでのあいだ何度もたちすくむ彼女のことを顧みた。
角野潤がむかったのは化学室だった。ここでいつも昼食を食べているのだという。黒く燃えにくい材質の実験台にむかいあって昼食を食べはじめる。角野潤の弁当は色彩豊かでありながら冷凍食品ははいっていないように見え、彼女が親から受けている愛情の深さをうかがわせた。佐伯弘貢は、用があってこれからしばらく一時間はやく登校することになったと母親に告げたら、それなら昼は自分でなんとかしろと五〇〇円玉を渡された。朝にコンビニで買ったメロンパンを食べながら、少々恨めしく角野潤を見ていた。
「お昼それだけ?」
弁当を半分ほど食べ終わったところで角野潤は佐伯弘貢にそう聞いた。べつにいつもこんな感じだと答えると、「うそ。いつもはお弁当を食べているじゃない」と返される。
「朝が早くなったから、お弁当のかわりに五〇〇円でも渡されたのでしょう」
「そんなことないやい」
「責任を感じるからすこしわけてあげます」
弁当箱の蓋を裏返し、ポケットからとりだしたティッシュで軽く付着している水滴を拭きとる。卵焼きひと切れとオムレツ半分、それから明太子パスタをおかずカップごと蓋に移す。おかずの乗った蓋と箸とをはいといって佐伯弘貢に寄せる。
「箸、持っていないでしょう?」なかなか受けとろうとしない佐伯弘貢に角野潤はそういう。「指で食べるの? 本場のカレーみたいに?」
「角野さんって、なかなか性格わるいよね」
「そうかしら?」
「卵料理おおくない?」
「好きなの。だから思わずつくってしまうの」
しかたないわねといって実験台に隣接する水道で箸を洗ってから、もういちど差しだす。不承不承ながら受けとった佐伯弘貢が一品ずつこわごわ食べるさまを角野潤はしげしげと見守っていた。おいしい? と聞かれた佐伯弘貢は、おいしいですとしか答えようがなかった。食べ終えると箸を洗ってから返した。それから食べさしているメロンパンへ戻った。角野潤も残った料理を食べはじめる。食事中ほかに会話はなかった。