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 問題の根源を断とうとする姿勢が角野潤らしい。麻倉名美のために暮木ミゾノのかかえている問題を解決するなんていうのは遠回りに見えて俯瞰的だ。きっとほかの人には靄がかかって見えない景色の先にある目的地が、彼女ならば見えているのだろう。

 話を終えればそっけない沈黙が保健室にあらわれ、佐伯弘貢が腕を組んで視線を落としていると、麻倉名美は人見知りをおもいだしようにきょろきょろと落ち着きがない。

 麻倉名美の口から聞けたのだから、暮木ミゾノのいやがらせはもはや間違いないのだろう。だがその根底にあるのが彼女の抗いがたい性質、角野潤の言葉でいえば本性なるものについては懐疑的ではあった。人の内面のことなど、どうして知りようがあるというのか?

「信じれ、ない?」

 沈黙に耐え切れないでこぼれでた麻倉名美の言葉に、佐伯弘貢は縮まりかけた距離の遠のきを感じる。

「信じるよ。話してくれてありがとう」すぐに麻倉名美を安心させるために言葉をつぐ。「ふしぎなのは、なんで角野さんは暮木の内面について話せるのかなってこと」

 他人の内面をうかがい知ることなんてできない。できてもせいぜい相手の喜怒哀楽の方向を感じて感情のかたちを推測するぐらいだ。佐伯弘貢はそういう考えをもっていると話した。麻倉名美はなにを言われているのかわからないといった風情で、潤ちゃんの言うことだからとつぶやく。

「暮木が自制できるようになれば、麻倉さんは学校へ戻ってこられる?」

「戻れる、とおもう」

 でもなによりも暮木さんが自分の本性を克服することで、苦しまずにすむようになってほしいと麻倉名美は言う。

「高校で、はじめて声をかけてくれたの、席がとなりだった、暮木さんだから」

 本音なのかどうかなんて佐伯弘貢にはわからない。だがすくなくとも麻倉名美には暮木ミゾノへの誠実な眼差しがある。いやがらせをしてきた相手を慮れるなんてできるものではない。暮木ミゾノに対する感情の大体は恐怖や腹立たしさのはずだ。きっと心根から言えているわけではない。

 それでも彼女は受け入れようとしている。すくなくとも受け入れようと振る舞っている。

 麻倉名美の態度と覚悟を見知ってしまった以上、彼女のために、なにより暮木ミゾノのためにも、角野潤の考えにのらない理由などなかった。

 看護教諭が戻ってきて、話したこともない男子生徒が麻倉名美とともにいることにおどろき、ふたりは友人なのかと聞けば、ためらいもなく佐伯弘貢は肯定してみせる。看護教諭がおどろいて麻倉名美を見れば彼女も予想だにしない答えであったことがわかって不信感はつのるものの、すぐに麻倉名美が視線に応じてうなずいたため、警戒心をほんのすこしやわらげた。

 もうそろそろ帰りなさいとうながされ、麻倉名美はすぐに帰宅の準備をはじめる。椅子からたちあがってドア近くのロッカーの上においていたカバンへ筆記具を片付ける。

 佐伯弘貢は麻倉名美と会ったときにすべきことをおもいだしてカバンを探れば、筆記具や教科書、ノートのほかに紙袋がふたつはいっている。片方は鮮やかに澄んだ色合いで幾何学模様が描かれ、もう片方は茶色の無地だった。佐伯弘貢は茶色いほうをとりだすと、カバンを肩にかけた麻倉名美へさしだして、奥村司書教諭から預かっていたものだと伝えれば、受けとっていいものなのかどうかわからないという風ににのばされた麻倉名美の両手にそっとおし渡す。麻倉名美は紙袋と佐伯弘貢とを見比べてから封をひらいて中身を確認すると、すこし考えてから、今からいっしょに図書室へいってくれないかとお願いする。おやすいごようだと佐伯弘貢は了承した。

 人目につくのはいやだろうと、保健室をでたら特別教室棟の廊下をまっすぐにすすんだ端にある階段を使うことにした。使う理由がだれにもなさそうな階段だった。廊下を歩きながら、左手の窓のむこうに化学室が見えると、麻倉名美はしばらく眺めて歩いていた。カーテンがかかっていてなかはうかがい知れなかったが。

 薄暗い階段を三階まであがると、はっきりと麻倉名美はおおきな息をしはじめていた。声をかければ大丈夫だとうなずく。階段をあがり切ったところにドアがある。

 ドアを開けると、雑誌の棚とベンチが通路に設けられている。生徒の姿はなかった。通路の途中、図書室の出入り口のそばに『読書の秋フェア』がまだ展開されていた。麻倉名美は興味深そうな視線を送った。なにか気になる本はあるかと聞けば、何冊かと答えて乱れた息のまましっかりと視線を陳列にむける。フェアのまえにたっていると、やあ、珍しいねと図書室内から声がかかり、ふり返れば奥村司書教諭がカウンターからでてくるところだった。

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