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角野潤は綾瀬一美が話した内容と同じようなことを佐伯弘貢に語った。
暮木ミゾノが一年次に不明瞭な理由によって麻倉名美に対していやがらせをおこなうようになったこと。麻倉名美がいやがらせに耐えられずに不登校になったこと――角野潤の口からでてくる内容が綾瀬一美とほぼ同じであることが、佐伯弘貢にはあまりにも苦しかった。話を聞けば聞くほどに暮木ミゾノを擁護する足がかりがきえていくのがわかった。
「今は週に一回、私がナミの家にいってその週の授業のノートをコピーさせてあげてるの。あの子は家でひとり高校の勉強をしているのよ」
「テストは保健室に受けにくるんでしょう?」
「そのとおりよ」と角野潤は頬笑む。「調べてあげたの? よくわかったわね」
麻倉名美に会うつもりだと佐伯弘貢は告げた。どうしても暮木ミゾノがいやがらせをしていたなんて信じられない。当人たちから話しを聞きたい。
「当然でしょうね。でも、ナミは親しくもないきみに話してくれるとおもう?」
話してもらう。佐伯弘貢にはその考えしかない。
「誠意をもって接すれば話してくれるんじゃないかな」
「友人である私が言っているのよ? でも時間をかければきみも友達になってくれるとおもうわ」
駅が近づく。おおきな町ではない。駅の周辺には商店街とスーパーがあるくらいですぐに住宅街が広がっている。道路に歩道はなく、人と車とがすれすれに行き交っている。ふたりも縦列になって歩くしかなかった。人もいるうえ車の音は身体をなぶり、会話を続けることは困難だった。
駅の脇にある踏切までくると警報音が鳴った。進入していた人や車が急いで渡り切る。ランプが明滅し、遮断機は角野潤の目のまえにおりてくる。佐伯弘貢はその背後で待つ。
「角野さんは僕と麻倉さんが仲良くなってほしいとおもう?」
警報音が耳にうるさく、すこしおおきめにだしたその声が、はたして角野潤の耳にとどいているのか自信がなかった。角野潤は最初反応を見せなかった。やはり聞こえていなかったかと、もういちど言おうかやめておこうか佐伯弘貢は思案した。
ふと角野潤がふり返り、背中越しに軽く手招きする。佐伯弘貢は自転車のハンドルを握ったまま、上半身をやや角野潤のほうにかたむける。角野潤は身体を右にひねって半身だけむけ、口もとに左手を添える。佐伯弘貢は右耳を角野潤のほうへむけ、彼女は添えた手に声を伝える。
「そのために私はきみと親しくなろうとしたのよ」
電車が落とし気味の速度で踏切へと差しかかった。車内の明かりと車体の影とが交互に角野潤の顔を照らしたり陰ったりさせる。角野潤は口もとの手をおろす。佐伯弘貢の目をしかと見つめると、ゆっくりと背をむけた。
電車がとおりすぎて遮断機があがる。警報音はやんでいる。角野潤は歩きだし、佐伯弘貢は声をかける余裕もなかった。道はいまだ狭く、人と車のとおりはやかましい。駅前まで声をかけるタイミングを得られなかった。
バス停には何人か待っている人がいる。その最後尾に角野潤はならぶ。佐伯弘貢にありがとうと言い、また明日と手をふる。
佐伯弘貢は動かなかった。渋面をうかべて角野潤のまえにたち尽くす。角野潤は両腕を組み、どうしたのと問う。佐伯弘貢はすぅと鼻で息を吸ってから問いかける。
「角野さんがほんとうにお願いしたかったことって、僕に麻倉さんの友人になってほしいってことだったのかい?」
「そうよ。きみがあの子と仲良くなれば、いろいろと都合がいいの」




