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駅を始発とするバスは帰路へつく人々でひしめいていた。小柄な角野潤は人のあいだに沈んでつぶされてしまう。しかたなく佐伯弘貢は手すりのそばに身体を張ってスペースをとってあげることで、ようやく彼女は一息をつく。
降りるバス停が近づくころには空席が目立ちはじめたが、座って間もなくして告げられたバス停名で、角野潤はブザーを鳴らした。
二車線ずつの広い道に設けられた、団地の名称のついたバス停でふたりは下車した。道の反対側にはショッピングモールがある。空には夕日も名残がなくなって、建物の明かりや電灯が煌々と光り輝いていた。角野潤は明かりを避けるように団地まで延びる暗い田んぼの畦道へはいっていく。一〇〇メートルもいったさきに団地の明かりが見えているものの、そこまでは底が抜けたように真っ暗だった。
四階建ての細長い棟が八棟ならぶ団地で、角野潤の住む戸は最奥の棟にあった。自転車はここの駐輪場へ停めるようにと角野潤はいい、佐伯弘貢は了解する。
「それではまた明日の朝」別れ際に財布から千円札を手渡された。バス停へ戻ると次の便が来るのは三〇分も先だった。ようやくやってきたバスに乗って一度高校へ戻って自転車を拾う。自転車のカゴに、畳まれたノートの切れ端がはいっていて、開けてみると『ゴメンね』と書かれていた。丸文字の癖から暮木ミゾノが書いたものだと推測した。
学校を出てバス会社の営業所がある駅前までむかう。ひと月分の定期券が一万円を越えるためたじろいだ。
翌朝は六時に起床し、半には家を出る。早朝の道路はどこも閑散としていて、思っていたよりもスムーズに団地までゆくことができた。玄関の見える場所で待っていると間もなく角野潤が出てくる。佐伯弘貢を見つけると微笑をうかべた。「おはようございます。しっかりと守ってくださいね」
学校へむかうバスももちろん混雑していた。高校の最寄りのバス停で降りるには人垣をかきわけてゆかねばならなかった。佐伯弘貢が道をつくり、角野潤がそれに従う。ボディーガードを頼んだのはバスの乗降車を楽にするためなのではないかと直截に問えば、クラスメイトはふふっと笑うにすます。
「教室の中でも、できるだけ気をかけていてくださいね」と角野潤は要求した。佐伯弘貢は教室の後方にある席へつくと、いわれたとおりに時折、窓際へ斜めにはなれた席に座る角野の後ろ姿を窺った。
始業一〇分まえになると教室に喧騒が生まれた。五分まえに登校してきた暮木ミゾノが、佐伯弘貢の名を呼んで近づいてくる。前髪を気にしながら昨日はごめんねと謝るので、なにがと問えば、気を悪くさせたことという。全然なんでもないよと頬笑んだ。暮木ミゾノは安堵したように目もとを緩め、今度の日曜にどこかいこうよと提案し、佐伯弘貢は了承した。
満足した暮木ミゾノは自分の席へむかい、周囲の女子生徒たちと話しはじめた。佐伯弘貢はしばらくのあいだ彼女のことを見遣っていた。だから彼女が角野潤のことを時々睨みつけるのを目撃した。