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校内はやけに静かだった。なぜだろうと考えると、吹奏楽部も運動部も活動をしていないからだとやがてわかった。今日からテスト一週間まえになるため部活は休みなのだ。なぜ書道部はあつまっているのかと綾瀬一美に聞けば、建前としては勉強のためだという。実際のところあつまればおしゃべりしてしまうし、私なんかはうずうずして書きはじめてしまうからあまり普段とかわらないんだがな。
「綾瀬さんは麻倉さんに学校に戻ってきてほしいとおもう?」
「どうかな。クラスメイトとしては戻ってきてほしいが、それが麻倉にとっていいことなのかはわからない。きみにはわるいが学校には暮木がいる。暮木がいる以上、たとえクラスが異なっていたとしても麻倉は気がやすまらないだろう。日常でネガティブなことが起こるたびに暮木のことが頭をよぎってしまうだろうからな」
「いったい暮木はなにをしたの?」
「知っていることはもう話しただろう。あとはものを隠されることがおおかったみたいだがな」
「暮木がいやがらせをしていたとして、どうやって綾瀬さんはそのことに気がついたの?」
「気がつかないとおもうか?」
「すくなくとも男子で気づいていないやつはいたようだよ」
男子はしかたがないと綾瀬は嘆息する。いやがらせのようなことをするとき、男子は顕示的におこなう傾向にあるみたいだしな。たぶんあれはいやがらせをしている感覚がないんだ。ただ遊んでいるだけ。隠す必要なんてないだろう。
「グラウンドでサッカーボールを蹴っているていどの感覚なんじゃないのか?」
「女子は違うんですか?」
「さあな。人間が本質的にもっている他者への攻撃性に性差はないとおもうぞ。とはいえ暮木の場合は明確に攻撃の意識をもっている。おそらく自分のしていることの意味もわかっている。だから表立てはしない。いやがらせを受けている人間の異変に周囲が気がつかなければ発覚すらしないだろう」
もっとも、と綾瀬一美は言葉を続ける。
「いやがらせなんてするのは子どもだけだ。高校生になってまで人をいじめるやつは、あらゆる自覚がたりていない幼い人間だ。すくなくとも暮木にはそういう性質がある。あいつはときに呆れるくらい無責任な子どもみたいなことを言っていた。付き合っているのなら、私の言っている意味がわかるだろう?」
子どもじみているという部分に関して佐伯弘貢は否定できなかった。ときに暮木ミゾノは奔放な言動をして恥じない。しかしそういった部分もふくめて佐伯弘貢は暮木ミゾノを大切におもっている。
「綾瀬さんの言葉にはふしぎな説得力があるね」佐伯弘貢は述べる。「でもやっぱり、当人たちから話しを聞くまで僕には信じられないんだ」
「そうであるべきだ」綾瀬一美は憂慮の色をうかべる。「きみはきみの立場できみのすべき判断を下して行動しなさい」
スマートフォンをとりだし、連絡先を教えろと綾瀬一美は言った。助けが必要なら連絡してくればいい。なにができるかわからないが、相談ぐらいは聞いてやる。
「ありがとう。綾瀬さんとは来年同じクラスになれたらいいなっておもうよ」
「きみはずいぶんと調子がいいな。私はごめんだ」
「ひどい」
メールアドレスと電話番号を交換してふたりは別れた。
佐伯弘貢はアサクラ家へこれから訪問しようとおもった。テスト期間まで待てば麻倉名美は学校へくるというが、一週間ものあいだ暮木ミゾノに対して灰色の感情をもって接するなんて堪えられなかった。すぐにでもはっきりさせたかった。暮木ミゾノは言動からよく誤解を受ける。麻倉名美のこともどこかに誤解があるのかもしれない。
アサクラ家へのゆき方はわかっている。おもいたって二〇分もかからずにすぐ近くまで佐伯弘貢はやってきた。視界にはすでにアサクラ家が見えていた。いつもは隠れ場所にしている生け垣のそばまで来たとき、携帯電話がメールの着信を告げた。たちどまってディスプレイを確認すると暮木ミゾノの名まえが表示されていた。メールをひらくとただ一文、「今すぐ会いたい」とだけあった。




