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「暮木って暮木ミゾノのこと?」

「クラスメイトだろう?」

「僕の彼女でもある」

 廊下に沈黙が広がる。佐伯弘貢も綾瀬一美も互いの言葉に戸惑った。言葉を理解しようとしてかえってこんがらがり、なにも考えられなくなってくる不愉快な感触を脳裏に感じている。まだしもショックのすくない綾瀬一美のほうが発話をとり戻した。

「きみは暮木と付き合っているのか?」

 佐伯弘貢はうなずき、今さっきの発言の真意を問うた。いたずらに暮木ミゾノの名誉を傷つけるなら、綾瀬一美への態度を改めなければならない。

「綾瀬さんは、ミゾが――暮木が角野さんにいやがらせをしているっていうの?」

 切り口上になったことで綾瀬一美の言動にも冷静さと厳しさが戻りはじめる。自分の言葉に不安やためらいはないようだった。

「暮木は麻倉にいやがらせをしていた。麻倉は堪えきれなかったから学校へいくことをやめた。もし私たちと去年同じクラスだった女子で知り合いがいたら、暮木と麻倉のことを聞いてみるがいい。女子たちは知っているぞ。暮木の傲慢さも冷徹さも」

「信じられない」佐伯弘貢はようやっと声を絞りだす。怒りと惑いで声の抑制はきかなかったし、言葉もぶつ切りで脈絡も破綻する。ただただ暮木ミゾノをおもう気持ちだけで彼女の名誉の盾となろうとする。「ありえない。綾瀬さんの思い違いだよ。暮木のことはよく知っている」

「そうだろう。そうおもいたいのもわかるが――」

「暮木が麻倉さんにいやがらせをしていたってどうしてわかるんだい? どうして角野さんのこともいやがらせをしているってわかる?」

「証言がほしいなら、さっきも言ったが去年1-Cだった女子に話を聞くんだ」

 もしくは、と綾瀬一美は逡巡を見せて言葉を切った。これから言う言葉を聞くに値する人間なのかどうか、あらためて見定めているような間だった。どうやら佐伯弘貢は綾瀬一美の判断基準に適ったようだった。

「本人に聞いてみればいい。来週からはじまる定期テストを受けるために、麻倉は登校してくるだろうから」

「テストを受けに? 麻倉さんは学校にきていないのでは?」

 成績がつかないと卒業できないだろと綾瀬一美はうそぶく。佐伯弘貢には彼女がふざけているのかどうかわからなかった。しかし彼女の言うことはもっともだった。だからといって不登校の生徒がテストだけ受けに学校へくるということに現実味を感じられなかった。綾瀬一美は麻倉名美の姿を今年は見ていないとも言っていた。

「教室ではな。テストのときに保健室にいってみればいい。もっとも麻倉がきみと話したがるかどうかはわからない。そこはきみの誠意しだいだ」

 ふと佐伯弘貢は気がつく。攻撃的に見える綾瀬一美の言葉は、しかし冷静で端的なものであった。暮木ミゾノを非難されて激高しかけていた佐伯弘貢も彼女の真摯なまなざしに冷静さを保てた。そうして冷静に話を聞いてみれば、綾瀬一美が初対面の相手に対して実におおくのことを伝えてくれていることがわかった。

「どうして綾瀬さんはそこまで教えてくれるんだい?」

 綾瀬一美は肩をすくめる。そんな動作が自然であり似合ってしまう人なんだなと佐伯弘貢はおもう。

 たぶん角野さんがきみを信用しようとしたのと同じ理由なんじゃないかな、と彼女は苦々しげに頬笑んでみせた。

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