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図書委員だった麻倉名美は受付業務をしながらよく本を読んでいたという。
「ちょうど今のきみみたいにね」
図書委員だから読者が好きだとはかぎらない。生徒はいずれかの委員会に所属しなければならないため、することが楽そうだからという理由で図書委員を選ぶ生徒もすくなくない。クラス委員のようになにかの代表者というわけではないし、美化委員より歩きまわることもなさそうだ。
図書室に蔵書していない本はリクエストすれば購入してくれる。佐伯弘貢も何冊かリクエストしたことがある。個人的に読みたい本が借りたあとに図書室の棚にならんでいるとふしぎな心地がした。気恥ずかしさとちょっとした誇らしさなのかもしれなかった。リクエストしてくれれば蔵書がふえると奥村司書教諭が喜んでくれるため、なにかしら貢献しているという気になれるのは間違いなかった。
麻倉名美はよくリクエストしていたという。新刊本であることがほとんどだったが、ときには古い本もあったらしい。
「あの子がある古い本をリクエストしたんだけれど、絶版になっていて注文できなかったことがあったんだ。その本が古本屋に売られているのを春休みに見つけてね。貸してあげようとおもって買っていたんだ」
奥村司書教諭は視線をいちど佐伯弘貢からはずして作業台の上に移した。台の上には中身のはいった茶色の紙袋がおかれていた。小学生のころにはまだ町の本屋で本を買ったらこんな紙袋にいれてくれていたな、と佐伯弘貢は懐かしい気持ちになった。
「てっきり今年度も図書委員をしてくれるとおもっていたんだけれどね」
紙袋を手にとった奥村司書教諭は、そのままゆっくりと佐伯弘貢にさしだした。
「麻倉さんの友達なら、渡しておいてくれないかな? 返すのはいつでもいいからって」
佐伯弘貢は当然自分には受けとる権利がないと考えた。麻倉名美と友人であるどころか、たがいに顔すら知らない。麻倉名美からしてみれば佐伯弘貢という名まえすら聞いたことがないだろう。佐伯弘貢は自分は麻倉名美の友人ではないと言った。ただ最近名まえを聞く機会があっただけなんです。
「そうなの?」奥村司書教諭はあてがはずれたという気色もなく言う。「麻倉さんの友達で知っている子がいれば、その子経由で渡してほしいのだけれど」
心当たりはひとりいる。だから奥村司書教諭の願い事を聞くことは可能だった。しかし心理的にむずかしかった。正直にいえば受けたくなかった。角野潤とはしばらく距離をおいておきたい。
同時にチャンスなのかもしれないとも考えた。佐伯弘貢が角野潤から距離をおきたいとおもうのは、ひとえにコミュニケーション不足に起因する。佐伯弘貢はまだ、先週の水曜日に角野潤と暮木ミゾノとのあいだになにがあったのかわかっていない。彼女と近づきがたい理由はその不明確さにある。この伝言を機にしっかりと話せたら、なにがあったのかはっきりさせられるかもしれない。
「科学部のもうひとりの子――たしか角野さんだっけ? あの子も去年はよく図書室にきてくれていたよ。麻倉さんといっしょにか、もしくは麻倉さんに会いにね」
佐伯弘貢は紙袋を受けとる。単行本のようだった。
近いうちに角野潤に渡しますと佐伯弘貢は約束した。




