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佐伯弘貢が唯々諾々として角野潤の依頼を受けたかといえば、当然ノーである。
なぜボディーガードを。どうして僕が? 佐伯弘貢の疑問は等閑に付される。そんなことにたいした意味などないわ、報酬は一日につき千円でいかがかしら。
角野潤は泰然とした態度と表情で相手のことを見据える。対面者に平静さを失わせる落ち着きに、すこしずつ佐伯弘貢は圧されていく。視線をひとところへ留められず、見ていて安心するものを探してさまよう。不意に視線が角野の表情を横切り、じっと見つめてくる双眸に引っかけられた。親しいものへむけるような彼女の微笑を正視した。
「私が家の外にいるとき、常にいっしょにいてくれればいいだけです。来月には暮木ミゾノさんの誕生日があるのでしょう。ひと月で三万円なら、そこそこのプレゼントを贈れるのでは。身を守られて私は安心、プレゼントを購入できてきみも暮木さんもしあわせ」
わるい話ではないと思うのだけれど。断定に近い提案だった。もとから断られるという考えを持っていないのではないかとさえ思えてくる態度だった。しかしながら横柄さがあるわけでもない。角野潤の狙いをまったくもって推測することができなかった。ただ「だれかにつきまとわれているんですか」と佐伯弘貢は問う。「なにか危害を加えられそうだから、ボディーガードなんて頼むんですよね? いったいなにから、だれから角野さんを守ればいいんですか?」
「あらゆるものから」角野潤は答える。「おのずとなにが危険であるのかはわかると思います。一度家まで送ってくださいませんか。それから判断していただいてもかまいません」
「およばない。受けます。守ればいいのでしょう」
ではさっそくお願いします。角野潤はカバンを手にして立ちあがる。室内の電気を落とす。佐伯弘貢は非常口のまえで待ち、角野潤がやってくるとドアを開けた。
廊下側のドアがノックされたのはそのときだった。振り返った佐伯弘貢に、角野は聞こえないふりをして退室を促した。表へ出て非常口が閉まるとノックの音も聞こえなくなった。
角野潤はバスで通学している。高校名のついたバス停から彼女の家の最寄りにあるバス停まで片道三〇分ていどの区間を利用している。
「片道三〇〇円以上もかかるようなんですが」と佐伯弘貢はいう。
「ひと月分の定期券の購入をお勧めします」と角野潤は応じる。「それと、朝は私の家まで自転車でくることもお勧めします。でないと始業のチャイムに間に合いませんから。家に自転車はおいていてかまいません」
こともなげに角野潤はいう。そうなると早朝から自転車で一時間近くを漕いでゆき、授業を終えて家まで彼女を送ったあと、ふたたび自転車で一時間漕いで帰宅することになる。
「よろしくお願いします。頼りにしていますよ」