-27-
佐伯くんは麻倉さんの友達なの? と奥村司書教諭に問われ、佐伯弘貢はとっさに答えられなかった。明確な答えが返ってくるなんておもっていなかったのだから、その後の対応なんて考えていなかった。ちょうど本の貸し出しにきた生徒がいたため、佐伯弘貢は回答を先延ばしにすることができた。
奥村司書教諭は麻倉名美について話題を続けることはなく、佐伯弘貢が貸し出しの処理を終えると廊下に展開している読書の秋フェアについての意見を求めた。だれも借りてくれないんだ。ラインナップがわるいのかな? それともレイアウトの見栄えがわるい? ちょっと見てきてもらって、改善点がないか考えてもらってもいいかな?
奥村司書教諭は時季折々に展開するフェアのレイアウトやPOP作りを図書委員の生徒たちに任せることがある。佐伯弘貢も去年クラスの図書委員とともに、『ゴールデンウィークのポケット』と題されたフェアでレイアウトとPOP作りをした。入学半月程度の新米高校生にはちょっとばかり酷な作業だったし、独創性の欠片もないレイアウトとPOPとを見せびらかすことになって羞恥心のほうが強かった。それでも興味をもって眺める生徒が何人かはいて、そういう場面を見かけるだけでそわそわとしたこそばゆさを感じた。
佐伯弘貢は廊下へでて窓側の壁に机をならべて展開されているフェアを眺めた。正直にいえば、佐伯弘貢はこれまでこのフェアに注意を惹かれなかった。たぶん蔵書整理のために本が積まれているだけだと見受けられるレイアウトのせいだろう。表紙を上にしておかれた本がすこしずつ下の本とずれるように縦につまれている。大型書店のようなオシャレな陳列を目指すという意気込みは伝わってきたが、ここの本を手にとっていいものかどうかという選択を利用者は迫られるだろう。
レイアウトをかえて、はっきりとフェアをしているとわかるPOPをつくればいいのではないか、と考えて受付に戻ろうとしたらふと窓の外が気になって目をむけた。
化学室が正面の一階に見える。角度から部屋の奥までは見えないが、いつもの位置に座っている角野潤の後ろ姿は見える。実験台の上にミョウバンの薬品筒がおかれていたり、液からだした結晶がろ紙の上によけられていたりするのが見える。
角野潤は手もとをやすめていた。両手を実験台におき、なにか考え事をしているのか顔を正面にむけている。身じろぎもしない。
これまでに角野潤が作業を放棄しているのを見たことがなかった。佐伯弘貢は気になったが、覗きのようなものだからいい気分ではなく、すぐに受付に戻った。どうだったと奥村司書教諭に聞かれて考えたことを伝える。奥村司書教諭は苦笑して意見に感謝した。
五時半になり、図書室は閉室になる。カーテンを閉めたり、椅子の位置を戻したりしてから、佐伯弘貢は図書室をあとにする。
廊下をでたとき、反射的に窓から化学室を見下ろした。夕暮れに暗くなるなか、電気の灯っている部屋はうかぶようにはっきりと見えている。
角野潤がさきほどのように同じ場所に座っていた。佐伯弘貢は違和感をおぼえた。彼女が先ほどとまったく同じ姿勢でいたからだ。机に両手をおき、顔を正面にむけて微動だにしない。いや、よく見れば口もとが動いているようだった。だれかと話しているのだろうか? 角度のせいで室内に見える人影は角野潤だけだった。
佐伯弘貢は不穏な感触に急かされて窓から目を逸らす。化学室へむかう足は早歩きになっていた。階段をおりながら、角野潤の視線の先にいるのはだれかという疑問が脳裏に繰り返しうかぶ。角野潤はいったいだれを見ているのか?




