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水曜日の放課後には図書委員の仕事がはいっていた。そのことを角野潤にいえば、それならしかたがないということで、化学室まで送ってくれればいいということになった。図書委員の仕事も一時間ぐらいだろうから、終わったらまた化学室へ迎えに来てくれないか。
図書室は化学室のある棟とはまた別の棟の四階にある。図書室へむかう廊下を歩いていると、窓からむかいの一階にある化学室が見えた。室内の様子もうかがえた。角野潤がいつもの席でビーカーの水溶液をかき混ぜている後ろ姿が見えた。
図書委員なので本の貸し出しをおこなう。しかし図書室を訪れる生徒のおおくは本を読み借りすることよりも、勉強することを理由にしている場合がおおい。だから一時間で二、三人にしか本の貸し出しをするだけだっだ。そのわりに返却はおおい。いったいどこでサイクルのバランスがとられているのか不思議だった。
閉室時間になり、司書の先生に別れを告げて図書室をあとにする。化学室にむかうと、すでに角野潤は片づけを終えていつでも帰れる用意ができていた。ちょうど佐伯弘貢が四階の廊下を歩いているのを目撃したので帰宅の用意をしていたのだという。
帰りのバスのなかで、佐伯弘貢は以前角野潤が口にしていたナミという人物について尋ねてみた。まだ話せないと言われる気はしたが予想のとおりだった。代わりに角野潤は暮木ミゾノについて話を聞きたがった。どうやって知りあっていつから付き合いはじめたのかといった、無邪気に土足で踏みこんでくるような質問をたのしげにする。それは角野潤という女子生徒のイメージに加えられた新たな一面におもえた。佐伯弘貢は戸惑いながらも一年生の冬頃から付き合いはじめたと答える。知りあったといえるのは、初めて話したときなのか、それとも日常のなかで会話をする相手になったときなのかわからないので答えなかった。
「きみの真面目さと彼女の奔放さ――対立することはないの?」
「あるけれど、ちゃんと互いを理解する機会だととらえてる。だから、意見をむりにあわせにいくんじゃなくて、互いの意見を尊重しあうんだ」
「私のことで揉めていたことがあったけれど、あれにはふたりなりの相互理解はあったかしら?」
角野潤の問いは冗談とも非難ともとれた。はっきりしているのは去る放課後に佐伯弘貢と暮木ミゾノとのあいだにかわされた会話を、やはり角野潤は聞いていたということだった。
佐伯弘貢は謝った。暮木ミゾノは角野潤に対してひどいことを言っていた。
しかし角野潤は謝罪を拒絶した。謝らせるためにそんなことを言ったんじゃない。私の態度を気にくわないとおもっている人がいたところで、そんなことはどうでもいい。私が知りたいのは、けっきょくのところ、あの衝突でふたりはより理解しあえたのかしらということ。
角野潤の問いに佐伯弘貢は答えられなかった。あの一件で彼と暮木ミゾノが互いを理解しあう結果を得られたとはいえなかった。
「あまり深く考えないで。これはただのお話なのだから。それじゃあ、また明日ね」
木曜日は体育の授業でふたたび走り、ただひたすらに疲れた。角野潤もあまり機嫌がよくないようだった。持久走大会に対しての憎悪を包み隠さず打ち明けるほどには打ち解けた。ふたりにとってつらいのは、翌金曜日にも体育の授業があることだった。二日続けて走らされて疲労はピークに達した。それでも角野潤はちゃんと放課後にはミョウバン結晶の世話をした。最後に携帯電話で写真を撮り、今日は友人の家へいくというので佐伯弘貢はついていく。




