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「ツグが角野さんといっしょにいるのは、認める」

 食事を終えたあとのだれのものとも言えない沈黙に、暮木ミゾノはそう切りだした。

「ツグはアタシの彼氏だけれど、アタシのものじゃない。だからツグに対して借りるなんて言葉は使わないで。ツグが角野さんの手助けをするって決めたのなら、アタシはツグの判断を尊重する」

 理解してくれたのならうれしいわと角野潤は言う。それから言葉の問題を謝った。たしかに借りるなんて人をものみたいに扱っているようね。反省するわ。

 五時間めのはじまる五分まえに三人は教室へ戻ることにした。佐伯弘貢は礼をいって弁当箱を角野潤に返した。おいしかった。角野さんって料理うまいね。助かったよ。

 角野潤は佐伯弘貢の言葉に満更でもないというふうに頬笑んだ。きみが嫌でなければこれからもつくるよ。

 教室に戻れば角野潤は佐伯弘貢にも暮木ミゾノにも興味がないというように自分の席へ戻ってしまう。授業が間もなくはじまるため、ふたりもたいして会話を交わす暇はなかった。むしろいったいどこへいっていたんだと席の近い友人たちに暮木ミゾノはつかまったので、彼女が佐伯弘貢に対してできたのはいちど目配せすることだけだった。

 放課後には佐伯弘貢も角野潤も掃除当番にあたっていたため、それぞれの担当場所の清掃を終えてから化学室へむかった。化学室で角野潤がミョウバン結晶を世話するために準備していると、化学室のドアがノックされた。はいってきたのは暮木ミゾノだった。

「来てくれたの。歓迎するわ」

 準備を続けながら角野潤はそう言う。佐伯弘貢は入室したものの入口のそばでぐずついている暮木ミゾノのもとへむかい、自分が座っていた席の隣に彼女をいざなった。しかし暮木ミゾノは席につかず、ビーカーや薬品筒を実験台に広げている角野潤のまえにたった。角野潤はろ紙の上に液体からとりだした結晶をおいてから、暮木ミゾノのことを見た。

「きれいね」と結晶を見て暮木ミゾノは言う。「砂糖菓子みたい」

 ミョウバンを溶かした水溶液のなかに種となる結晶を漬けておくと、溶けたミョウバンが付着して自然と立体的な菱形に成長するのだ、と角野潤は説明した。人工的に自然なのねと暮木ミゾノはつぶやいた。

「どれくらいおおきくなるの?」

「漬けておく容器をおおきくすれば、ひとかかえもあるサイズにだってできるわ」

「冗談でしょ?」

 野球ボールサイズのものならあるけれど見る? つくったのは私ではないけれど。角野潤は室内の奥にある棚へむかった。ガラス戸を開けてとりだしたのは拳大もある菱形の結晶だった。手渡された暮木ミゾノはその重量におどろかされた。鉛でもはいっているのではないかと疑った。

「これを育てて、いったいどうするの?」

 結晶を角野潤に返しながら暮木ミゾノは問う。

「そうね――」

 手もとの結晶を見ながら、角野潤はしばし沈黙する。その黙考は今まさに言葉を探しているというより、すでにある言葉のどれを選択するかを検討しているようだった。この間が暮木ミゾノには品評の時間のようで居心地がわるかった。

「なんだったかな。もう忘れてしまったわ」

 ガラス戸をひらき、棚のなかに結晶を戻す。実験台へ戻り、白い微小な顆粒が堆積したビーカーにむかう。ガラス棒でさらさらとかき混ぜはじめる。どうぞ、好きなところに座ってと言われ、暮木ミゾノは首をふった。いや、もういくよ。ただツグと約束をしにきただけだから。

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