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 トラブルさえ楽しげに対処する書道教室の人々を見ながら、そういえばといって暮木ミゾノが約束をおもいだす。

「奢ってって、アタシ言ったよね?」

「憶えているよ。てっきり昼ご飯のことだとおもっていたけれど」

 なにを奢ってもらおうかなと言って、とおりがかる店々を眺める。ややあって暮木ミゾノは、それじゃああそこの喫茶店でアイスカフェオレにしようかなと言った。

 今日もチェーンの喫茶店は盛況していて席は満席のようだった。テイクアウトにしてアイスカフェオレを二点注文する。店員が昨日と違う人だったので、なんとなく佐伯弘貢は安堵した。レジ横におかれたクッキーの詰めあわせが目に留まったのでそれも追加で注文した。となりでメニュー表を眺めて手持ち無沙汰にしてた暮木ミゾノは、その注文を聞いて興味深そうに佐伯弘貢の横顔を覗きこむ。佐伯弘貢は顔をむけてただ無言で頬笑んだ。暮木ミゾノはそれ以上の笑顔をみせた。

 アイスカフェラテのはいったプラスチックのカップふたつと、クッキーの詰めあわせのはいった紙袋を受けとる。カップひとつと紙袋とを暮木ミゾノに手渡す。彼女は照れたように目もとを細めた。

 店をでて座れる場所を求めて歩いていると、必然的であるようにメインストリートから奥へはいったひと気のない通りの長椅子に辿りついた。

「あそこでいいんじゃない」と暮木ミゾノは言った。

 長椅子に座ってしばらくしゃべっていた。暮木ミゾノはアイスカフェラテを気に入ったらしく、味が濃くておいしいと評した。佐伯弘貢も昨日飲んだアイスティーよりも飲みがいがあるとおもった。クッキーも暮木ミゾノは気に入ったようだった。続けてふたつみっつと食べてから、はっと気がついて次にとりだしたものを佐伯弘貢に手渡そうとした。

「あーんってしてあげようか?」と暮木ミゾノは言う。

「ちょっと恥ずかしいね」と佐伯弘貢は断った。

 しゃべりながら、不意に暮木ミゾノは言葉を言いさすことがあった。何度かそういうことがあって、どうやら彼女はなにかを言おうか言うまいか迷っているようだと佐伯弘貢は想像した。言いたいことがあるのではないかと水をむけてみたが、やはり暮木ミゾノはなにかを決意したようになんでもないと答えた。

 暮木ミゾノは楽しそうに振る舞いながらも、ある不穏さが心の底から楽しむことを拒ませているようだった。胸中どこかに言葉自体を奪う言葉があるようだった。佐伯弘貢はそれが角野潤という言葉なのではないかと考えた。

 帰路につくバスの車内でも暮木ミゾノの様子はかわらなかった。暮木ミゾノの言葉は朗らかで、佐伯弘貢にかける言葉も声も思いやりにみちていた。もしも時々見せる困ったような表情さえなければ、佐伯弘貢は安心して彼女の言葉を感受することができた。

「もしも」バスを降り、ふたり別れる場所まで歩きながら、佐伯弘貢は決意して話した。「もしもミゾが角野さんのことを気にしているなら、なんでもないから。今はちょっと、角野さんの頼みごとを聞いているんだ。どうやら角野さん、困っていることがあるみたいなんだ」

 夕暮れの道で電灯と電灯とのあいだのもっとも小暗いあいだを歩きながら、聞こえてきたのは快活な笑い声だった。

「そんなのわかってるよ。心配しないで。アタシはツグのこと信じているんだから。でも――」

 電灯が近づき、暮木ミゾノのいつもの屈託のない表情がうかびあがる。

「話してくれてありがとう。べつにアタシは大丈夫だから」

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