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角野潤は見るだけで満足して店をでる。すこし休憩しましょうという言葉に佐伯弘貢は同意したが、近くにあったチェーンの喫茶店は満席であったため、持ち帰りでそれぞれ注文することになった。角野潤は初めからそんなことは期待していないというようにひとりで注文して会計を終わらせた。
角野潤はアイスカフェオレを注文し、佐伯弘貢はアイスティーを購入して店をでた。メインストリートから一本はいった通りをすこし歩いたら、だれも座っていない長椅子を見つけた。座ると角野潤はさっそくストローをすすりはじめた。
「やっぱり缶コーヒーよりもおいしい。味が濃い気がする。それがいいことなのかはわからないけれど」
ひと口飲んでそういうと、あたりまえのように佐伯弘貢のことを見る。佐伯弘貢は彼女の視線にうながされてアイスティーをすする。おいしいのかどうかわからなかった。半値以下で自動販売機で購入できるペットボトルにはいった紅茶との違いがわからない。形状が違うだけで同じプラスチック容器にはいっているのだから、値段の違いはたんに人件費がかかっているためか、一度の生産量の違いなのかもしれない。
「たのしいね」
角野潤は佐伯弘貢の目を覗きこんだまま言う。佐伯弘貢はなんとも返せなかった。たのしめていないのが事実であるが、それを口にするのは憚れた。
「私はたのしいよ」
そういってもうひと口、角野潤はカフェラテを飲む。
館内放送がすこしはなれたところから聞こえてくる。このあたりにはスピーカーが設置されていないらしい。なにをいっているのかはよく聞きとれなかった。ただ、明日おこなわれる催し物のことについてのアナウンスのようだった。
メインストリートから聞こえてくる喧騒じみた人々の話し声のほうが存在感がある。
暮木ミゾノは人混みを好む。ひとりでいるよりも大衆のなかにいるほうが落ち着くと言っていたことがある。ひとりでいると自分の輪郭がわからなくなると。
彼女はときどき、佐伯弘貢にはよくわからない発言をする。できるだけ暮木ミゾノのことを理解したいから、どういうことかと尋ねれば、ひとりでいたら自分のことしかわからない。でもだれかといれば他人と自分とがはっきりとよくわかるの――そう説明されても、やはり佐伯弘貢にはよくわからなかった。
だが、こうして人混みからはなれたところにいることで、彼女の言うことがすこしだけわかったような気がした。
「暮木さんのことを考えているのでしょう」と角野潤が言った。
「よくわかったね」と佐伯弘貢はおどろいた。
そういえば角野潤は僕と暮木ミゾノが付き合っていることを知っているのだろうか、と佐伯弘貢は疑問におもった。知っているようなそぶりはあった。先日の昼休みに、暮木ミゾノは佐伯弘貢と角野潤がいっしょに教室をでていこうとするのを引きとめようとした。角野潤は暮木ミゾノに断って佐伯弘貢を連れていった。角野潤はふたりの関係性をわかったうえでそういう振る舞いをしたように佐伯弘貢にはうつったし、わかっているからこそ、ここで話題にするのだろう。
「いうまでもないことだけれど、今日のこと暮木さんには内緒にしてね」
屈託なく角野潤は頬笑む。悪びれたようでありながら、その実ほんとうにわるいとはおもっていないような口ぶりだった。そして角野潤のいうとおり、佐伯弘貢は暮木ミゾノに今日のことをどう説明すればいいのかわからないのだから、なにもいえはしなかった。




