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角野潤は和室に凛と活けられたヒメユリのような人である。ほっそりとした肢体は茎のようにぽきりと折れそうで、垂れた花弁を思わす黒髪はつやつやとしている。幼少のころから凛々しさを眼差しに宿し、近寄るものにはそれ相応の覚悟で臨ませた。気魄に鈍感なものが痛い目に遭うこともすくなくなかった。彼女に友好的な感情を持って近づき、かつ彼女もそれに応える場合はひどく限られていた。友として尊重し、彼女の凛々しさの、換言すれば威風の庇護を求めるもののみをヒメユリは仲間と認めた。だからこそ角野潤は親しい友人を大切にする。
楚々とした容貌と規律が影をともなってうかびあがったような性格は、深窓の令嬢という呼び名を戴くのに申し分なかった。実際、彼女のことをそう呼ぶものはおおかった。男のみならず女からも呼ばれていた。ただし女がいう場合すくなからず皮肉がこめられていることは明然としており、またそのことに角野自身も気づいていた。
放課後に忘れ物をとりに教室へ引き返した角野が、帰宅せずにぐだぐだと暇をつぶしている女子生徒の会話を耳にしたときも、憤りをおぼえるよりもさきに、いつものことだ、出直そうと冷静に足を反対へむけるだけだった。佐伯弘貢の怒声が聞こえてきたのはそんなタイミングだった。
知りもしない他人の内面を憶測だけで批判するのはみっともない。角野潤の振舞いがたとえ気に入らないものだとしても、人格から否定する権利などないはずだ。佐伯弘貢は概ねこのような内容を主張して怒鳴っていた。角野は知らず識らずドアの陰に隠れてクラスメイトが次になんというのか、はたまたどういうわけでそう擁護するのかを確認しようとしていた。
しかし繰り広げられたのは他愛もないやりとりだった。おまえは角野のことが好きなのか。だから擁護しようとするのか。違う。そうではなく、人として間違っていると思っていっているんだ。
「もういいよ、ツグ。なにをむきになってんの、ばかばかしい」と女子生徒がいった。
「ばかばかしいのはこっちだ」と佐伯弘貢は譲らない。
彼が教室を出ようとする気配を感じて、角野は音をたてずに廊下の角までしりぞく。壁を背にして待っていると、荒っぽい足音をたてながら佐伯弘貢は角を曲がってあらわれた。突如として現れたクラスメイトに面食らうことになったのは佐伯弘貢のほうだった。さきほどのやりとりを聞かれていたのではないか、とすぐさま彼は危惧した。クラスメイトの女子生徒からやっかまれていることを角野潤が知ってしまったのではないかとも心配した。
一部の人間がそう思っているだけだから気にするなといおうとしたところ、角野潤は唇に人差し指をあてて頬笑んでみせた。頬笑みの意味はわからなかったが、すぐに立ち去れという意思を佐伯弘貢は感じとり、なにもいわずにその場をあとにした。残った角野潤は彼の姿が見えなくなるのを待ってから、あとを追って下駄箱へむかった。靴を履き終えてまさに校舎を出ようとしていたのを、すこし話があるといって呼びとめた。