怨視探偵 現る
__ 嗚呼 何と愚かしい 、君は最早この世にその身を置くことすら 図々しい存在だ 。こんな面倒な事件を起こして態々この俺に解かせるだなんて何様のつもりなんだ その命を持って生き様を恥じろ。
そう彼は云った 。彼は人を教え諭すような教師でもなければ巷で騒がれているような怪しい宗教団体の教祖なんぞでも到底あるわけではない 。
ただの探偵なのだ 。いや " ただ " と云うのには少しばかり語弊があるのだが一旦その話は置いて話を進めよう 。
探偵 、それは 何か事件が起きた際に知恵や勇気、あらゆるものを活用して謎を解く者のことを指す 。だが彼の普段の言動は 探偵とは程遠く感じられる 。
嗚呼 何故僕はこんな男の元についてしまったのだろう 。
僕はこの先何度も後悔するだろう、この男に出会ってしまったこの運命を 。
ジリジリと太陽が僕等を嘲笑うかのように照りつけている昼下がり。僕は何時もの如くある場所へと足を向けていた。そこは繁華街から少し離れた場所にあり人通りは至って少ない。
最初はここに来るのも少し戸惑っていたが今では見慣れた土地となってしまった。
そんなことを考えつつビルの非常階段を上り " 久遠探偵事務所 " と書かれた扉の横にある郵便受けを見ればまたも何かが入っているのが見えた。
それは白い小さな箱であったが可愛らしくリボンでデコレーションされた物で贈り主がどんな相手でいるかはいくら鈍感な僕でも分かった。
それを手に取り扉を開ければ相も変わらず彼はソファに深く腰掛けていた。
その男は今の時代には珍しい黒の詰襟にトンビコートの様なマントを見に纏っている。癖のない黒髪に雪のように白い肌、長い睫毛を瞬かせるその様子はとても男とは思えない。そしてその瞳は扉を開けて入ってきた僕に向けられることはなく手元の本をじっと見詰めている。
「 やっと来たのかい、1分35秒の遅刻だ。君は時間を守るという初歩的なことさえ出来ないのか、小学生以下だな。」
淡い桜色の唇がゆっくり開き言の葉を零した。
しかしその言葉は外見からは予想も出来ない様な人を愚弄する話し方であり彼と出逢う大体の人間はその差に酷く驚愕するものである。かく云う僕もその1人であり初めて彼の顔を見た時は見惚れたのも事実である。
他にも彼の推理力は周りのレベルを凌駕するものでありそして何より僕と同じ " 普通 " ではないその力にも惹かれたのだった。
しかし今思えばその頃の自分を殴り倒して目を覚まさせたい気持ちに駆られる。何故かって ? そりゃあ ...
「 仕方ないだろ !! 今日は1日休んでいいって言ったのはお前なんだからな 、だから僕は友人と食事する約束があったってのにそれを態々断ってきたんだ !! 感謝こそあっても文句を云われる筋合いはない !! 」
「 ギャーギャー喧しいぞ 春兎 。それに探偵に呼ばれたなら直ぐに駆け付けるのが助手の役目だろう 。感謝の言葉などという下らんものを求めているなら今すぐ助手など辞めてしまえ。」
___ この傍若無人さに最早殺意すら覚えているからだ !!
僕こと 来海 春兎 はこの傍若無人で傲岸不遜な探偵 久遠透也 の助手兼雑用係である。自分で云うのも何だがこれでも女の子にはモテててきた方であり顔面偏差値は久遠に並ばなくてもそこまで差はないと思う。
...まぁそんな僕の自慢は置いといて何故こんな男の助手についたのか 、それは先程にも書いた通り昔の何も知らなかった僕は久遠の魅力に毒されてしまっていたのだ。
「 それよりまた届いてたよ これ 。名探偵の久遠様はファンから大層愛されてるご様子で 何よりですよ 」
少し皮肉っぽく云えば彼に箱を渡す。普通の男ならこんな可愛らしい、如何にも女子からの贈り物を感じさせる物を見たらテンションを上げて喜ぶはずなのだが彼はそれを1寸瞳で捉えただけで直ぐにポケットに仕舞ってしまった。
偶に此奴 思考回路大丈夫かよ と思う時が幾度となくあるのだが今はそれは置いといて、だ。
「 で 、何で呼ばれたわけ 僕 」
よくぞ聞いてくれた と云うように ニヤリと白い歯を見せ笑えば本を置き両の指を絡ませ前のめりになる彼。むむ、絵になるのがムカつく。
「 事件だよ 、とある女性の謎の変死体が見つかったんだ。そこで 俺等の出番だ 」
「 変死体の事件、ねぇ ... 」
「 さぁ行くぞ ッ 春兎 !! 」
そう云うや否や僕の返答など気にも止めず立ち上がれば学生帽を被りマントを翻す彼。どうにも不謹慎な話だが 彼と共に向かう事件は胸の昂りが抑えられないのだ。今日はどんな事件が待ち受けているのか、最早その時には彼に休日を潰されたことなんてすっかり頭には残っていなかった。
「 遅いぞ 探偵風情が 、警察を待たせるな 」
腕を組み 苛立たし気な視線で此方を見る男 。
捜査第一課の柊 夕一警部補である 、その爽やかな名前に反してその身体にはほどよい筋肉が付いており身長も179cmと高身長の為 厳つい視線と相まって何とも厳格で人を近寄らせない雰囲気を醸し出している。
だが久遠はそんなこと気にしないとでも云う様にツカツカと相手に歩み寄っていった。
「 済みませんね 、助手の来海が遅刻するものですから 」
「 いや僕の所為かよ !? 」
「 そんな下らん喧嘩をしたいのなら場所を変えろ 、俺はそんなことの為にお前等を呼んだつもりはないぞ 」
「 えぇ 、俺もそのつもりはありませんよ 。取り敢えず 事件について詳しくお聞かせ願えますか ? 」
「 あぁ 取り敢えずこれを見てくれ 」
僕等が呼ばれたのはとあるマンションの一部屋。4階の角にあるその部屋の中は可愛らしい置物に花柄のカーテンなど如何にも女子らしい部屋が広がっていた。だが警部補に呼ばれ案内された先にはその部屋とはまるで対称的な無残な女性の遺体が置かれていた。
「 被害者の女性は 佐藤梨江。25歳のアパレル店員、家族構成は父 母 そして妹が1人だな。3人共今は山梨に住んでいる、彼女は1人で上京してきたようだ。第一発見者は彼女の友人である 槇野沙苗、佐藤梨江が殺された翌日に2人で会う約束があったそうだが時間になっても来ず、連絡を入れても出ないことに不安を感じて家に来てみたらこの有様だ。因みに鍵は掛かっていた為 マンションの大家さんに鍵を開けてもらって入ったそうだ。遺体の状態から考えても死亡推定時刻は昨日の夜8時から9時の間だと思われる。」
一通り説明を聞いた久遠は部屋をうろちょろしている。すると1つの写真に目を留め手袋を嵌めた手でそれを持ち上げれば問い掛けてきた。その写真には若い男女が仲睦まじく写っていた。
「 あぁ それは佐藤梨江が1年ほど前から交際している 真宮紘輝だな。」
「 交際の縺れ ... か 」
「 そんなこと俺も考えたさ、だが見ただろこの遺体 」
「 嗚呼 これはとても 」
__ 人間の仕業だとは思えないね 。
佐藤梨江の遺体はとても悲惨な状態であった。腹が切り裂かれ腸が何者かによって食い荒らされたような 久遠の云う通りとても人間の仕業とは思えないほど残虐なものだった。
「 こんなこと ほんとに人間ができるんですか ... 」
そう訝しげに遺体を見詰めるのは 柊警部補の部下にあたる 百々谷刑事である。
これはいくら僕も事件に慣れているとはいえ見ていると吐き気がこみあげてくるような ... そんなことを考えていれば 突如頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。
" また来たのか ... ! " そう叫ぶ暇もなく痛みはどんどん酷くなる。立っていられなくなりその場に膝を付けば頭を手で抑える。
「 お ッ 、やっと来たか 春兎 」
此奴は相も変わらず人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて此方を見下ろしている。少しは心配する素振りを見せてもいいものを ... だが今はそんな文句を云えるほど余裕はない。
" な 、何よ これ ... !? "
そして僕の耳にはとある女性の叫び声が聞こえてきた。その叫びは痛みを伴いながら頭にこだまする。
" 痛い ... !! やめてよ 、私が何したっていうのよ !! "
嗚呼 辛い 、何度体験してもこれには慣れない。
" この ... ッ ... この化け物 ッ !! "
がくん ッ と 項垂れれば 滝のように汗が流れ落ちる。痛みは引いてきたが 女性の断末魔は未だ頭に響いている。
「 さてどうだったかな 春兎 」
何とも愉しそうに微笑む久遠を今すぐ殴り倒したい衝動に駆られたが生憎今はそんな体力は残されていない。僕は一言彼に告げた。
「 ... これは確かに僕等が解決しなければいけない案件みたいだ 」
そう告げれば久遠は満足したように何度か頷き 柊警部補に向き直った。柊警部補はもうこの光景に慣れているようだが百々谷刑事はまだ若手の為 随分と衝撃を受けていたようで未だオロオロしている。
「 だそうですよ 、警部補 」
「 ... あぁ そうか ... 最近は多いな、全く ... 。」
そして未だ何の話か分からないというように首を傾げていた百々谷刑事を見兼ねたのか久遠は説明を始めようと彼に歩み寄った。
「 そうか、君は若手だから未だこの話について周りからあまり教えて貰っていないのかな。可哀想に 、俺が詳しく教えてあげよう 」
___ 否 、ただの嫌がらせなのかもしれない。
そんなことを思っているとやはり百々谷刑事もカンに障ったようで むっと口を尖らせ反論を始めた。
「 いくら " 若手 " の俺だって知ってることくらいありますよ。例えば 貴方が名乗っている " 怨視探偵 久遠透也 " という胡散臭い肩書きとかね。」
" 怨視探偵 " 確かに 傍から聞けば何とも怪しい名前であることには間違いない。
「 これは嬉しいな 、俺のことを知ってくれているのか。まぁ 俺程の名探偵ともなれば当たり前か ... それじゃあ 改めて自己紹介と共に その胡散臭い肩書きについても紹介を添えておこう 。」
彼は学生帽を取り 恭しく一礼をすれば 片手を胸に当て此方に向き直る。その一挙一動はさながら舞台俳優のような軽やかで魅力に溢れたものであった。
「 人が必ずしも持ち合わせる感情 、それは怨念の気持ちだ。私もあんな顔になりたかった 、なんであの子ばっかり ... 世界はよく見みれば 嫉妬と憎しみに溢れ 怨念の感情は人々の中で常に増幅している。そして稀にその怨念の感情が 具現化することがある 、俺達はそれを怨念のパワー 略して怨パなんて呼んでいる。生霊なんて可愛いものじゃない 、怨パはその感情の持ち主の意に関することなく 気持ちを向けられている相手を傷付ける。」
そう 、怨念の感情は普通の人にはあまり見えないものである。だが僕は元々霊感等は強い方であった為 昔からうっすら見えていた。しかし久遠に出逢って様々な事件に巻き込まれることで今までより濃くはっきりとその存在を認知するようになった。
「 そんな怨パ共を駆除するのが俺等 というわけだな。」
「 成程 ... だから怨視探偵 、納得が行きました 。」
百々谷刑事は うんうん と頷けば ふと思い出したように僕に視線を向けてきた。
「 そう云えば 先程随分と苦しんでましたけど あれもそういう力の一環ですか ? 」
うっ ... そ 、それは ... 。
「 その話は置いといてだ 、まずはその被害者の交際相手の所に行こうじゃないか 」
「 何で探偵如きに指揮を取られなきゃならんのだ 置いてくぞ 」
「 とか云っといて 結局は俺等の力が必要な癖に 、ねぇ そうでしょう 柊警部補 」
「 クソ ... 、早く行くぞ 」
僕が戸惑っていた様子を見兼ねた久遠が助け舟を出してくれた 。
此奴が人を思いやった行動を取るなんて明日は太陽が月にでもぶつかって 地球どころか宇宙が破滅するんじゃないか そんなことを考えていたのも束の間 早速その男の元へと向かうこととなった。
警部補達と共に行く為 パトカーに乗車させてもらったが 何とも自分が捕まってしまったような錯覚に陥り変な気分だ と感じた。
先程まで話にあがっていた僕の頭痛の原因 。それは なんとも信じ難い話だが 僕には死者の声が聞こえる 。と云ってもそれは幽霊の声が聞こえるというものではなく 実際に事件事故が起きた場所に赴くと 被害者の死ぬ直前の声が頭の中で再生されるのだ 。
それは事件事故を解決するのに大きなヒントとなりとても便利だと云う人も居るかもしれないがその代償は何とも大きいもので 僕は毎回その力を制御出来ることもなく油断したら三途の川が見えるのではないかという程の痛みに犯されている。
この力はある日突如として身に付いたものだったが、はていつからだったろうか ... そんなことを考えていると目の前に1つのアパートが見えてきた。
「 さて着いたぞ 」
警部補に促されるまま パトカーを降りれば 隣の久遠が眉間に皺を寄せているのが分かった。そのアパートは木造建築で至る所に蔦が巻き付いているわ雑草が生えているわ 、俗に云うボロアパートというものであった。
ひとまず被害者の交際相手という真宮紘輝の部屋へと向かうと彼はオドオドしつつ扉を開けてくれた。
「 警察の方が何の用でしょうか ... 」
その様子からして自分の彼女が亡くなったことについては未だ知らないようだ。ニュースにはなっていないものの 連絡が取れなくなっていたら少しは気付くのではないか ? そんなことを疑問に思いつつも話を伺おうと 僕は久遠の隣に立ち 警部補達の話に耳を傾けた。
「 昨夜 佐藤梨江さんが亡くなられました 」
「 は ... り、梨江が ... !? 何で !? 自殺ですか 、それとも誰かに ... !? でも何で 梨江が ... !! 」
「 落ち着いてください 、我々もそれを調べる為に こうやって色々な方にお話を聞きに来てるんです。」
酷く取り乱した様子の真宮を宥めるように柊警部補が落ち着いた口調で話し掛ける。当の本人は警部補の言葉など聞こえていないというように虚空を見つめていた。しかし警部補もまたそんな彼の様子など無視して話を進める。
「 昨夜の8時から9時の間 何処で何をされていましたか ? 」
「 ... 昨夜ですか ... 昨夜は友人と会っていたので帰ってきたのは7時50分頃でした 、部屋に戻ってきた時 大家さんと挨拶を交わしたのでそれは証明できるかと ... 。それからは日頃の疲れも溜まっていたので早く寝ました ... 眠りについたのが多分 8時40分頃だと思います。 」
「 成程 犯行時刻の際は1人だったと ... 」
「 まるで僕がやったみたいな言い方ですね ... あと その話ですが 僕の部屋 3階じゃないですか」
「 それが何か ? 」
「 3階へと上がるその階段 結構ボロくて 一段一段上がるごとに音が鳴るんです 。だからもし僕が犯行を行おうとその階段を降りたとしたら 1階に住んでいる大家さんに聞かれていたと思いますよ。」
先程までの動揺ぶりから一転 自分が疑われていることに相手への警戒心を強めたのか 至って強い口調で自身の無実を伝えてきた彼の言葉に間違いはなく大家に確認を取ったところ そんな音はしなかったそうだ。
しかし1つだけ気になることがあった。それは大家の証言。
「 確か 8時45分くらいだったかな ... 上から物音がしたんです。まぁ真宮さんの部屋かは定かではないんですけどね ドン ッ て 大きな音が 。」
真宮にそれを話したところ 覚えはないと云っていたが 警部補はそれに関してはあまり重要だとは感じなかったようで直ぐに話を切上げパトカーの元へと戻ってきた。
「 手掛かりはあまり掴めんかったな ... 」
そう話す警部補の背後で ニヤリ と笑う彼。そしてその様子を見ては 自分のよみは間違っていなかったのだと溜息を吐く僕。両者を見比べては首を傾げている百々谷刑事。その様子に気付いた柊警部補はピクリと片眉を上げて久遠に詰寄った。
「 おい、何だその顔 」
「 失礼ですね 、人の顔を見て何だ とは 。これでも警部補よりは良い顔してるつもりなんですけど 」
「 そうじゃない 、いや腹は立つがそんなことはどうでもいい 。何か分かったのか 」
「 何って ... そりゃあ犯人ですけど 」
辺りが一瞬静寂に包まれたと思えば皆が見詰める中心に居る久遠は口元を緩めながら話し始めた。
「 俺にはもう犯人は掴めましたし、多分 ... 彼も掴めたに違いない 」
そう云うと 此方に歩み寄り 耳元に口を寄せてきた 。
「 なぁ 、春兎 。お前も分かったんだろう ? 」
普段はあまり出さないその低い声が擽ったくなり思わず身体を撥ねさせれば目の前の男は意地悪気に口元を歪めていた。
「 ッ ... あぁ 分かったとも 、ていうかさっきから " 視えてる "」
その言葉に満足したように頷けば僕の頭をくしゃ ッ と撫でた後 くる ッ と警部補達の方へと振り返り 彼は告げた。嗚呼だから辞められないのだ 、僕はこの瞬間が堪らなく好きなのだ。まさに彼がこの事件という名の大舞台の主役だと云うような この瞬間は 堪らなく興奮する。
「 さ ァ 悪者を懲らしめに行くとしますか 」