ちょっとカチンときて、やり過ぎました。
お昼ご飯をお父様専用のお部屋で済まし、私とお兄様は事情聴取後を受けた。
そして、その報告書作成をあの変な騎士さんへ仕事を押し付け、私達は今、騎士団の闘技場に来ています。
あの変な人、副総長の一人なんだって。
王国の騎士団は、総長であるお父様を筆頭に、下に副総長が二人、その下に各隊の隊長が四人、その下に騎士達。それとは別枠に王族近衛騎士がいる。あの変な人、相当強いんだね。
闘技場へ着いたら、そこにいた騎士さん達が一斉にこちらに向き直り、姿勢をただして敬礼をした。でも、チラチラと盗み見る様に、私やモコモコさんを見ている騎士さん。
「私の息子と娘と犬が、本日見学をする事となった。まぁ、これらに気にせず鍛練に励め」
騎士さん達がモコモコさんを見て、ざわっとする。
ええ、分かります。モコモコさん、犬に見えませんよね。でも犬です。
お父様も騎士さん達の疑惑に気づいたのか、
「コレは犬だ。いいな?」
本日二回目の有無を言わせぬ脅しが、騎士さん達に投げ掛けられた。お父様に意見出来る人はいないみたいです。
アレは犬。アレは犬。とボソボソと自分に言い聞かせている騎士さん。
「ほら!ぼさっとしてないで、鍛練に戻れ!」
ちょっとイカツイ系の熊さんみたいな騎士さんの怒鳴り声が響き、騎士さん達は慌てて鍛練を再開した。
そして、熊さんはこっちに近づいて来た。
「お疲れ様です、総長殿」
「うむ。今日は一隊と三隊がここで鍛練か。少し邪魔をする」
熊さんは、キラキラした瞳のお兄様に気がついた様子。
「ご子息様は、騎士に興味がおありですか?」
「はい!」
即答・・・いい返事だわ。
熊さんから、穏やかな空気が流れ出す。とっても良い人そう。
「あぁ。これは息子のサイフィス、そして娘のセレーネ。」
お父様が私達を紹介してくれた。
「はじめまして、一隊・隊長のジールと申します。以後お見知りおきを」
熊さん・・・もとい、ジールさんは優しい笑顔を向けてくれた。
「俺、将来は騎士になりたいんです!お父様の様に強く!」
お兄様の目が更にキラキラしている。お父様は、無表情に見えて、少しだけ嬉しそうにソワっとしてる。息子に憧れてもらえて嬉しいんだね。
「では、騎士と手合わせなどしてみますか?いかがでしょう、総長殿」
ジールさんが提案する。
「是非!!良いですか?お父様」
お父様は、お兄様の即答に少し悩んでいたけど、あのキラキラした瞳には、断れないよね。
「まぁ、良い経験になるだろう。邪魔でなければよろしく頼む」
と、承諾した。
ジールさんは、鍛練している騎士さん達を見渡し、
「ルドルフ!来い!」
「はっ!」
ルドルフと、呼ばれた騎士さんがこっちにかけてきた。リュリアス兄様より少し歳上かしら?騎士さんってあまり身の回りに気をつけないのかと思っていたけど、この人は小綺麗にしている。
「こちらは、サイファス様だ。手合わせの相手を」
「よろしくお願いします!」
「リュリアス様の弟君ですか・・よろしくお願いします」
ん?なんかルドルフさんの空気が変わった?笑顔だけど、なんか怖い?んん?
サイファス兄様とルドルフさんは、闘技場の真ん中へ移動していった。それにともない、他の騎士さん達は壁際へと移動し見物人となった。
「魔法は一切禁止!模造刀とはいえ、死ぬような致命傷は与えぬこと!降参した者を執拗に攻撃しないこと!いいな?始め!」
模造刀がぶつかり合う、小気味良い音が響く。見た感じ、ルドルフさんの方がお兄様より少し強い。ほんと、あと一歩というところかしら?
スコォォォン!!!
お兄様の手から、模造刀が弾き飛ばされた。
「ゴフッ!」
その隙をルドルフさんは、お兄様のみぞおちに模造刀を叩き込む。お兄様が咳き込んでいる。うぅ、痛そう。
「勝負あり!勝者ルドルフ!!」
勝者はついたはずなのに、ルドルフさんはお兄様を睨みながら、その場を動かない。それどころか、精霊達がざわめきだした。
いけない!!
「モコモコさん、お兄様の元へ私を連れていって!」
私はモコモコさんに飛び乗った。駆け出したモコモコさんとほぼ同時に、呪文が響く。
「風よ!そいつを切り刻め!!!」
「ルドルフ!!何を!!!」
ジールさんの焦った怒鳴り声。
ルドルフの攻撃魔法がお兄様に届く前に、お兄様の側にたどり着けた。さすがモコモコさん。
私は両手を地面につけた。
「土さん!土の壁で守って!!!」
私達の前に土壁が現れ、風の魔法を封殺した。
「魔法が使えるだと?」壁際で見ていた騎士さん達がザワザワしている。本来ならば、魔法が発現するのは例外をのぞき、十歳からだしね。
でも、そんなことより!
「貴方!お兄様を殺す気ですの?!魔法は禁止と最初に言っていたではないの!!」
相手は黙ったまま、答えない。その代わり、殺気がだだ漏れている。
この人、何なの?!魔法を使えない、ましてや年下相手に!なんだか、ムカついてきた!
「私が相手して差し上げますわ!モコモコさん、お兄様を安全な場所に運んで」
モコモコさんとお兄様が私から離れたのを確認し、前に向きなおした。
お兄様を殺そうとしたコイツは許さない。
《グラキエス視点》
「私が相手して差し上げますわ!」
娘の様子が少しおかしい。息子に向けられた魔法も殺気もいち早く感じ取ったのは、七歳にしては、上出来すぎる。
たがそれよりも・・・娘のまとう空気が普段とは違う。
「総長殿、止めましょう」
ジールが焦っているが・・・。多分止まらないだろう。それに少し様子をみてみたい。
と、その瞬間、娘を中心に一瞬で闘技場の床が一面、凍っただと?!
ジールが言葉を失っている。
それもそうだ。娘は詠唱無しに土壁を出し、広い範囲を凍らせ、さらに今、ルドルフに炎の矢を何発も打ち込んでいる。ほとんどの人間は扱える魔法は一属性、たまに二属性もいるが・・・・。ルドルフは必死に矢を風の防御で防いでるが、炎と風では相性が悪い。
炎のせいで、床の氷が蒸発し、霧が立ち込めた。
ん?娘はどこ行った?
「消えた?」
見物していた騎士達が、娘の姿を探すため、キョロキョロしている。が、誰かの「上だ!」の声に、一斉に上を見上げた。
娘が、フワリと宙に浮いている。
風で上に飛び上がったのか。風まで使えるのか・・・四属性・・・・。
と、いかん!
すぐに俺とジールはルドルフの元へ駆け寄り、魔法を通さない防壁を展開する。
間一髪。
どでかい炎の塊が、空から降ってきた。なんとか防ぎきったが・・・
「私達二人で展開した防壁にヒビが・・・」
ジールが真っ青になっている。ルドルフは恐怖からか蒼白でガタガタ震えている。
精霊に愛されし娘・・・これほどとは・・・。
娘が目の前に、フワリと舞い降りた。
瞳の色が・・・光の加減か七色に輝いている。
ゾッ・・・とするほど美しい。
「セレーネ、もうこの者に戦意は無い。これ以上は不要だ」
娘はルドルフから、俺に視線をうつした。だが、反応がない。皆が固唾を飲んで見ている。
もしまだやる気なのであれば、娘といえ、全力で相手をすることになりそうだ。
一触即発かと思いきや、セレーネの体がぐらりと傾いた。
「いかん!落ちる!」
必死の思いでセレーネの側へと駆ける。
俺は間に合え!!と、手を伸ばした。