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レモンイエローは夜だけ繋がる  作者: 綾沢 深乃
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「十章 新幹線の車内で」

「十章 新幹線の車内で」


 沢山の人がそれぞれに手荷物を持って一列に並んでいる。世間は春休みと言う事もあって、並んでいるのは旅行に行くような恰好をしている人ばかりだ。

皆、様々な色のトランクケースを引き摺り、携帯電話や本を読んで、新幹線の到着を待っている。

そんな中、ポツポツと並んでいるスーツ姿の人達がいた。

周りがオセロの白なら、彼らは黒。両端を白に埋め尽くされて身動きが取れない哀れな黒。平日ならば、白がひっくり返るだろうが、如何せん時期が悪い。

目の前にいるサラリーマンの細いラインが入った背広を見ながら孝一はそんな事を考えていた。

白である彼もまた、世間の風習に漏れず春休みであり、ホームに並び新幹線を待っていた。足元には比較的小型の紺のトランクケース。中学の修学旅行の際、近所のスーパーで安さにつられて購入した代物だが、見かけによらない広い収納域と頑丈さを孝一はとても気に入っていた。

その紺のトランクケースの隣には、倍近い大きさの赤紫のトランクケースがある。スーパーで購入した孝一の物とは質が違う事が一目で分かり、更に彼には理解出来ないステッカーが多数貼られて、まるで化粧をしているようだった。

このトランクケースの持ち主は、孝一を列に並ばせて、ホームの売店で飲み物と菓子を買って来ると言って、外している。孝一はチラリとホームにある黒い壁紙にオレンジ色の文字盤の時計に目をやる。

二人が乗車しようとしている新幹線はそろそろ訪れる頃だ。

彼女は一体何をしているのだろうか。このままだと新幹線が到着したら、二つのトランクケースを孝一だけで運ばなければならない。ドアに入るまでの段差、座席に座るまでの狭い通路。ちょっと考えただけで、障害は簡単に存在する。

予算の都合上、指定席を取らなかったので、椅子取りゲームにはシビアにならなければならない。春休みなので尚更だ。

 さて、いい加減そろそろ来てほしいが……。

 孝一がそんな事を考えていると、遠くから彼女が小走りで帰って来た。片手にビニール袋を持っていた。ビニール袋から突き出している二本のペットボトルと菓子が満足出来た買い物をしている事を証明している。

「先輩、お待たせしました」

「そろそろ新幹線来るからどうしようかと思ったよ」

 孝一の放つ軽口を受け流して、ビニール袋からコーラのペットボトルを取り出して早くも口に付ける彼女。

新城結衣は、喉を炭酸で冷やしてから、笑顔で口を開いた。

「まあまあ。結果的には間に合ったんだから。そんなに怒らない怒らない」

 笑顔で宥めてくる結衣に孝一は、自分がそんな小さい事で苛立ったのが恥ずかしくなった。

 その時丁度、ホームに新幹線の到着を知らせるアナウンスが鳴った。

「あっ、新幹線来るみたいですよ」

「自由席だから座れるといいが……」

 約一時間半の乗車中、自分達が並んで座れる席はあるかどうか、孝一は懸念している。一方、結衣にはそこまで心配している様子はなかった。

「心配しょうだなぁ、先輩は。新大阪だから降りる人もそれなりにいますって。ほら、もう来ましたよ」

 結衣が指差す線路の奥から、白の流線形の新幹線がやって来た。最新型だ、窓側座席の下にあるコンセントが使えるな。孝一はそんな事を思った。等間隔で並ぶ四角い窓から覗ける車内は、結衣の言った通り多くの人が降りる準備をしていた。あの様子だと、座席の確保は大丈夫だろう。

 人が一人分通れるドアが開き、乗り降りする客でホームが賑わう。

 ホームから見た予想通り、二人は特に問題なく座席を確保する事が出来た。二人のトランクケースを座席上のスペースに持ち上げて置く。無論、二つ分、男性である孝一の仕事である。

 結衣は奥の窓側の席に座り、早速座席をリクライニングさせて、都合の良い角度に調整していた。トランクケースを置き終わった孝一もシートに腰を下ろして、角度を調整する。

 角度調整も終了して、小さなテーブルを出した結衣。そこに飲んでいたコーラのペットボトルを置いた。

「ほら、ちゃんと座れたでしょ?」

 どうだと言わんばかりの笑顔でこちらを見る結衣に。

「そうだな。取り敢えず一安心ってところか」

 孝一はそう言って、自分と彼女の座席の間に置いたビニー袋から自分が頼んでいたいつもと同じ缶コーヒーを取り出して、口に付ける。

 最早、舌が味を覚えており、飲まなくても味を再現出来る程に、飲んでいるこの缶コーヒーを決して飽きない自分は、凄いと同時に少々おかしいかも知れない。いつもと違う味を飲むと言う行為を恐れてはいないが、逆に習慣として慣れてしまっているいるのではないだろうか。

 孝一はそんな事をぼんやりとした頭で考えていた。すると、隣でポテトチップスの袋を開けた結衣が彼を見て首を傾げる。

「先輩はいつもその缶コーヒーですよね。飽きないんですか?」

「今まさに、俺もそれ事を考えていた。今まで飽きないどころか、考えた事無かったな。うん、今日でこの缶コーヒー買うのは暫く止めてみるか」

 孝一がそう言うと、結衣は首を一回縦に振る。

「それは良い考えです。では、私のコーラと交換しましょう」

 結衣はコーラのペットボトルを持ち、孝一に渡す。彼はそれを受け取り、一口付けたばかりの缶コーヒーを彼女に渡した。正直、名残惜しい気持ちがあったが、口に出さない。だが、そんな事は結衣にはとっくに見抜かれていた。

「先輩、名残り惜しいんでしょぉ~?」

 悪戯笑顔でそう聞いてくる結衣に孝一は惚けた表情をして、コーラのペットボトルの蓋を回す。プシュっと言う炭酸の音がする。そして、蓋を外して口を付けた。

 甘くて刺激的な味が喉を通る。今さっき飲んだコーヒーを全て消してしまう強烈な刺激を孝一は久しぶりに感じた。喉を鳴らして、コーラを飲む。

口を離すと、まだ舌の上には微かに風味が残っていた。

 その甘い風味は、孝一に数ヶ月前のけやき公園での出来事を思い出させる。

彼はあの日以来、コーラを口にしていない。

「なあ、結衣」

「何です?」

 ポテトチップスを口に咥えたまま結衣が返事をする。同時に新幹線が発車し始めた。彼女の背景にある車窓が、右から左へスライドする。

「あの時、俺にキスしたのって結局どっち何だ?」

「えぇ~。まだそんな事気にしてたんですかぁ?」

 孝一の問いに結衣は眉に皺を寄せて露骨に嫌な表情を見せる。

「正直、今の今まですっかり忘れてたよ。このコーラを飲むまではな」

 孝一の手に持つコーラを見て結衣は、「あー」っと小さく言って納得する。

孝一はココで軽く揺さぶりをかけてみる事にした。

「どうした? 思い出して嫉妬でもしたか?」

「さて、それはどうでしょう」

 孝一の揺さぶりを結衣はヒラリとかわす。多少なりとも動揺を見せてくれたら、推測の仕様があったのに、彼女はそんな隙を見せなかった。

 代わりに孝一好みの笑顔を作り、彼の肩に頭を乗せる。

「そんな昔の事はもういいじゃないですか。今こうして私と言う彼女がいるんだから」

「はいはい」

 これ以上の追及は無駄だと判断した孝一は、大人しく彼女に従う。

「よろしい。それでは、はい。あーん」

 パッと孝一の肩から離れた結衣がポテトチップスを一枚掴んで、孝一の口へと持って行く。彼は特に抵抗なく、口を開けた。彼の開いた口にポテトチップスが放り込まれる。

「美味しいですか?」

「まずます」

「もうっ。そこは結衣が食べさせてくれたんだから、一際美味しいよ。って言ってくれないと~」

 文句を言いながら結衣はパリパリと咀嚼音を立てて、ポテトチップスを食べていた。孝一はそんな彼女をとても微笑ましく思う。

あのけやき公園での一件以来、二人の距離感は大きく変化した。

恋人同士と言う関係を細かく分けて、数値化すると全てのパロメータが一段階ずつ向上しているのだ。

 もう学校でも堂々と公表している。孝一がそれを周囲に公表した時、飯田は羨ましがり、雪原は澄ました顔をしていた。その反応を見て、孝一はもっと早く公表すれば良かったと後悔した。

 卒業までの僅かな期間だったが、これで放課後の待ち合わせにコソコソする必要は消えたし、学校の廊下でも堂々と会話する事が出来た。

本来の恋人同士にやっとなれたと、その時孝一は思った。

そして、今は二人で新幹線に乗っている。春休みだからこそ出来る、普段とは違うデートに興奮をするなと言う方が無理である。しかも目的地が目的地なので、尚更だ。孝一はこれからの事を確認しようと、結衣に尋ねた。

「目的地までは、一時間半ぐらいだけど香澄にはもうメールした?」

「ええ、しましたよ。お姉ちゃんの事だからきっと早めに駅に着いて、お茶してるんじゃないですか? 喫茶店で文庫本でも読んでる姿が目に浮かびます」

「確かに」

「そう言えば、お姉ちゃん言ってました。やっと通話料を払って貰える日が来たって。何の事です?」

「あー」

 香澄が言っているのは、最後の土曜の夜の電話で話した通話料の事だ。やれやれ、向こうに到着したら、沢山払う事になりそうだ。孝一は、座席に深く頭を沈めてながら、コーラを口にする。

 孝一は高校を卒業してから暫く、香澄に会っていない。彼女は地元から離れた大学に進学したので、実家を出て一人暮らしをする事になったのだ。

今日、孝一と結衣は香澄の家に遊びに行く事になっている。

「ねぇ、先輩。先輩はまだ、土曜日にお姉ちゃんと電話をしてるんですか?」

「唐突だな。今はしてないよ」

 突然の質問に孝一は少々戸惑ったが、正直に答えた。

「本当?」

 彼が正直に答えても結衣はまだ不安らしく、追及してくる。

「本当だよ。俺が信じられないのか?」

「うぅ~。その言い方は卑怯ですよ」

 唸る結衣が面白くて、孝一の口角が自然と上がった。

「自覚してるよ。でもしょうがない。俺は結衣が心底好きだから。意地悪の一つでもしちゃうのさ」

「自分で言ってて恥ずかしくないんですか?」

 いつか聞いたようなセリフが結衣から発せられる。

彼はそれに堂々とした態度で答えた。

「余裕だよ。結衣の彼氏なんだから」

「はいはい。私が悪かったです、変な質問してすいませんでした」

 両手を上げて降参宣言をした結衣に孝一は彼女の頭に手を乗せた。そして、そのまま自分の肩に乗せる。諦めた様子でされるがままの結衣だったが、何か思い付いたらしく、顔だけを向けて孝一に向けて口を開いた。

「先輩、さっき肩に頭を乗せたの気に入ったんですか? 言ってくれたら、いつだってやってあげるのに」

「秘密」

 ニヤニヤした顔で聞いてくる結衣にどうにか平常心を保ちながら、孝一は再びコーラのペットボトルに口を付けたのだった。           



レモンイエローは夜だけ繋がる(了)


ゴールデンウィークの暇さに身を任せて、一気に投稿。

高校生の悩みって、大人の目から見たら大概どうでもいいものだと思います。

今回の話は、外からアドバイスしたいという気持ちを押させるようにして書きました。


孝一君ってただの二股野郎じゃんか。って思うのは当然だと思います。

でもまあ、彼は彼なりに悩んでいた訳で。いつか正面に現れたら、説教してやるぐらいの気持ちが生まれてくださったら、幸いです。

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