〜第5話〜殺人人形からパルス様を守ります
タバサのロングスカートがふわりと翻る。
白い太ももにナイフの鞘がくくりつけられているのが見え、パルスは思わず目を背ける。
「え?タバサ、なんで?」
「タバサはパルス様がピンチのとき、必ず駆けつける。それだけですわ」
絶望人形の針をジャックナイフで受けながら、タバサは微笑む。
「ぐぎg、なんだ貴様は?これは勇者気取りの候補生どもしかここに来れないはずだろ」
絶望人形がけげんな表情を浮かべる。
「まぁ色々とございましてね。こんなこともあろうかとあらかじめヤオル城の歴史と構造は下調べ済みです。ヤオル城の地下には特殊な修練場があるらしく、そこに修練者の精神と身体をいたぶる下卑た魔法傀儡がいると。地下で第3次試験をすると聞いたとき、ぴんと来まして、あらかじめ調べておきました地下通路を通って助けに参ったというわけです」
よく見ると、部屋の通気口の枠が外れて下に落ちていた。
「くけk、ルール違反だぞ。お前が手を貸している時点で、あの小僧は失格勇者の資格はなぁい」
「うふふ、もーまんたいですわ。ここであなたをぶち壊せばいいんですもの」
ここでタバサは絶望人形をはじき飛ばす。絶望人形はしゅたりと地面に着地する。
ここでタバサは後ろをちらりと見た。
「あ、パルス様」
「……何、タバサ?」
パルスはまだ戸惑いが隠せない。
「口元が汚れていましてよ」
「え、ほんと!?」
「ふふ、わたくしがふいてあげますわ」
タバサが懐からハンカチを取り出し、パルスの口元に持ってくる。
ハンカチが口にあてられた途端、パルスはことんと眠りに落ちた。
「ごめんなさい。パルス様に見せるには、少しはしたない真似をしますので」
タバサはジャックナイフの刃を口元につけて笑った。
「ふぅ、それではお人形さん、ぶち壊させていただきますね」
「ほんとによお、何だよオメエわよお」
絶望人形は少しだけ戸惑いながら言う。いきなり現れた予定外の乱入者にペースを乱されていた。
けれども絶望人形は自らの使命を思い出した。この部屋にやってきた奴をひたすら切り刻むだけだ、と。
7本の手の回転ノコギリが回転する。3本の足の針がキラリと光る。そしてタバサに飛びかかった。
タバサはスカートをばさりとはね上げた。
右の太ももだけでなく、左の太ももにもナイフの鞘が見える。
タバサはそちらの鞘からジャックナイフを抜き、右手と左手、両手にジャックナイフを持った。
迫りくるノコギリや針をすり抜け、タバサの手が高速で動く。
まず絶望人形の身体に十字の跡がつく。そして手のノコギリが次々となぎ落とされていく。
絶望に染まる絶望人形の顔。アゲハ蝶のように舞うタバサの黒いワンピース。
そして次に絶望人形の足が切り落とされていく。3本の足をすべて失った絶望人形は立っていることすらできなかった。
四肢を失い、天井を見上げる絶望人形。そこに両手にナイフを握ったタバサが微笑みながら迫る。
「ふふふ」
「ぐげげげげg、タスケテくれ……」
「お人形さん、あなた、先ほどパルス様に色々と汚い言葉を浴びせていましたよね?」
「ぐg?」
「あの、とても私の口からは言えませんが、とても汚い言葉を……。訂正していただけますか?」
「……」
「訂正していただけますか?」
「あ、悪かった。少し言いすぎた。俺が悪かった」
絶望人形は愛くるしい顔に変わり、猫なで声で謝った。
「うふ、謝っていただいて嬉しいです」
満面の笑みを浮かべるタバサ。
「これで、思い残すことなくブチ壊れて下さい」
そしてニッコリ笑いながら、小さな足で、絶望人形の顔を踏み抜いた。
◇◇◇
パルスはぱちりと目を開いた。
そこは小部屋であり、尻に冷たいレンガの感触がある。
【勇者の証】を引き抜き奇妙な人形に殺されかけた部屋。
そうだ、あの人形は……。
ハッとして目を見開くパルス。そしてあまりに驚いて身体を引いた。
そこには人形の回転ノコギリの手と針の足がバラバラになって散乱しており、人形の身体も十字の切り傷があり、頭がぺしゃんこになっていた。
あまりにむごたらしい様子に引くパルス。
「……タバサ」
そういえば、幼なじみのタバサが自分を助けてくれたような気がしたが、当然そこに彼女の姿はない。
「夢か……」
パルスは呟いた。そして自分が何かを握っていることに気がつく。
それは青く輝く【勇者の証】だった。
◇◇◇
パルスが広間に戻ると、フリードと、すでに7人の参加者がいた。
その中には当然のように、白いマントのエンヴィードがいた。
「……まさかお前が戻ってくるとは、予想外だな」
フリードは感嘆の声を出した。
「しかもあの絶望人形を八つ裂きにするとはな、あそこまで人形を破壊したのはお前くらいだ」
「あ、いや……その……。あのおそういえば、もしかしてなんですが、ここにいない皆はあの人形に切り刻まれたのですか?」
パルスが聞く。
「いや、流石にそこまではやらんよ。あの人形の刃は相手の身体に触れた瞬間にセーフティーロックがかかる。その時点で絶望人形は活動を停止し、ただの人形になる。もちろん、その時点でそいつは失格だがな」
それを聞いてパルスはほっと胸をなでおろす。
「よかった。生易しい場所ではない……とか言っていたけれども、ちゃんと命の保証はしてくれているんですね」
「何を勘違いしている」
「え?」
「本当に恐ろしいのはここからだ」
フリードの厳しい顔に、パルスは足がすくんだ。