〜第3話〜ああ、パルス様の素晴らしい腕力
「これより、第2次試験を始める」
フリードがものものしい声を発すると、城の広間に集結した一次試験の通過者たちに緊張感が走る。
「第2次試験は【これ】を用いて行う」
そこにはヴェールが掛けられた1メートル立法くらいの物体があった。参加者たちは1次試験の【マグナゴール】のような特別な器具を想像し、さらに緊張感は高まる。
そしてフリードはヴェールを引いた。
「「……」」
参加者たちは戸惑った。
それはただの台にしか見えなかったからだ。
「第2次試験は、ここで腕相撲を行ってもらう」
フリードの言葉に参加者たちはざわめいた。
「何だよ。本当にただの台なのかよアレ」
「腕相撲とはまた随分単純な方法だなあ」
「まぁ1次試験が魔力で2次試験が腕力というのは、順当と言えば順当だが」
フリードはざわめきが収まるのを待ってから言った。
「知らない者もいるかもしれないので簡単にルールを説明する。この台に向かい合って二人の参加者が立ち、肘を置いて腕を握る。お互いに肘をついたまま押しあって拳の背が台についたら負けだ。負けた者はここで敗退。買った者が3次試験に進む」
あまりに明快なルールに逆に参加者たちは圧倒された。
「対戦相手は……、ここに皆の名が書かれたふだが入ったボックスがある。そこで私が引いた2枚のふだに名が書かれた者で対戦してもらう」
これまた単純なルール説明が行われた。余計な間を取らず、フリードは早速ボックスに手を入れる。
「まず始めは……マクロン!!そしてバイラス」
ふたりの男が、台に集結した。
屈強な男たちが腕を握り、そして血管を浮き上がらせながら大声をあげる。台が壊れそうな勢いで力を込め相手を屈していく。
男がひとり、またひとりと敗れ去り、淡々と勝負はついていった。
その様を見つめてパルスは言った。
「うーん、みんなすごい強そうだよね。腕とかすごく太い……。さすが勇者候補生たちだよね」
「パルス様も十分に強そうですわ」
タバサがフォローする。
「いやいや、みんな丸太のような腕をしているよ。僕だけなんか竹細工みたいな腕じゃない?」
「いえいえ人は見た目ではありませんわ」
「タバサ、早速ムジュンしているよ」
「……。ほら、パルス様はいつも私が重たい荷物を持っているときに、『持とうか?』と代わりに持ってくださるじゃないですか。それを見ている度に何とパルス様は力強いんだろうと私は思っているんです」
タバサは必死にパルスを褒めた。
「次、エンヴィード!!」
フリードが名を呼ぶと、ひとりの男がすすと前に出た。
それは【マグナゴール】を激しく光らせた、白いマントの青年だった。
彼の白いマントに包まれた身体は、マントごしでも分かるくらい華奢だった。
対戦相手のスキンヘッドは、見た目に分かる屈強な男。誰が見ても残酷な勝負であった。
ふたりは台に肘を乗せ拳をにぎり合う。衛兵がその手を両手で包む。
「はじめっ!!」
フリードの掛け声とともに衛兵が手を離した。
おかしなことが起こった。
白いマントの青年も、その相手のスキンヘッドも、少しも手が動く気配がない。
じりじりと時間だけが過ぎていく。
「どうした!?はじめと言っている」
フリードはそう叫ぼうとしたが、ここで気がついた。
スキンヘッドの顔からダラダラと汗が流れ出している。そしてぷるぷると腕が震えている。
フリードはここで気がついた。もしかしたらこれは動かないのではなく、動けないのでは?
そして対戦相手の白いマントの男の顔を見る。
その顔は恐ろしいほどに無表情だった。
次の瞬間だった。
ぐしゃり。ばたん。
スキンヘッドの腕がひん曲がり、拳の背が台に叩きつけられた。
「うぎゃああああああああああああああああああああ!!」
スキンヘッドの声が広間にこだました。
勝ち名乗りを受ける前に、白いマントの男はそそくさと台から離れた。
エンヴィードと言ったな……。
フリードは底知れない力を持ったその男を見つめた。
スキンヘッドの男が仲間に担がれて医務室に運ばれていくと、矢継ぎ早に次の対戦者の名前が呼ばれた。
「パルス……そして……ゴフィン」
パルスは自分の名前が呼ばれたことに浮き足だった。
それよりも、他の参加者がざわついていることに気がついた。
「とうとうゴフィンが出るか……。灰色熊を素手で殺せる、あのゴフィンと」
「かわいそうに、腕へし折られるな」
その声を聞き、パルスは「え?」と思った。
そして、台には身の丈が2メートル以上もある大男が立っていた。
◇◇◇
「……ほええ、大きいなあ」
パルスは他人事のように言った。
対戦相手であるゴフィンという大男はパルスを見下ろす。その目は明らかに彼を舐めきっていた。
「あはは、タバサ、さすがにこれは無理そうだなあ」
パルスは横のタバサにそうつぶやく。
「そんなこと、ありません!!パルス様は絶対に勝てます」
そう言ってタバサはパルスの手を握ろうとした。
その時だった。
ふたりの間に誰かが割って入った。
「手を握ることは許さんぞ」
それはフリードだった。
「……何のおつもりですか?」
タバサがフリードに聞く。
「厳粛な選考会の場でいちゃいちゃされるのは、他の参加者に失礼では?と思ったものでなあ」
「そんな、言い掛かりです。私はパルス様を激励しようとしただけで」
「だとしたら、その小僧の手を握る必要はないよなあ」
「……そんな」
タバサはしゅんと顔を伏せる。
「タバサ、フリード兵団長の言う通りだよ。僕を励まそうとしてくれたのは嬉しいけど……。大丈夫、これで十分だ」
「パルス様……」
こうして、パルスはタバサとふれることなく腕相撲の勝負の場についた。
パルスとゴフィン、ふたりが拳を握る。衛兵がその手を握る。
「はじめっ!!」
フリードの声とともに衛兵が手を離した。
…………………………………………
「「…………えっ!?」」
その場にいた皆が息を飲んだ。
その光景は先ほどの試合と全く同じだった。両者ともにぴたりとも動かない。
まるで、同じ試合が2度行われているようだった。
十数秒後、試合はようやく先ほどとは違う様相を見せた。
やがて、ゴフィンの身体が倒れた。
バタリと大きな音が鳴る。
彼は白目を剥きながら天井を見上げ泡を吹いていた。
そして拳の背はきちんと地面についていた。
「え?」
そう、きょとんとしていたのはパルスだった。
「やりましたわ!!さすがパルス様っ!!」
タバサはそう言って彼に駆け寄り、手をぎゅっと握った。
騒然となる広間。
「あいつやべえぜ。確か一次審査で【マグナゴール】にヒビ入れたやつだろ」
「ああ、あんなボーッとした顔して、すんげえ実力者なんじゃねえか」
皆のパルスを見る目が畏れに満ちていく。
倒れたゴフィンもに取り巻きが駆け寄る。
「大丈夫か!?どうしたゴフィン?」
取り巻きが少し揺すると、ゴフィンは意識を取り戻した。
「おいゴフィン?どうした?まさか力自慢のお前があんな優男に負けるなんて」
「……女だ?」
「は?」
「あの女だ」
ゴフィンはタバサを指差していた。
「勝負が始まった途端、俺はあの女の瞳に目を吸いよせられた。あの女の目を見た途端、ぐるぐると世界が回り始めた。まるで血管に直接アルコールを注入されたみてえに。俺は最初は耐えたが、やがて立っていることができなくなって……そのまま倒れちまった……」
取り巻きに語ったうわごとのような言葉が耳に入り、フリードは苦虫を噛み潰したような顔をした。
そしてタバサを見るフリード。
その時、タバサの真っ黒な瞳もフリードを見ていた。
「ふふ、わざわざパルス様の手を握る必要なんてないんですよ」
その目はそうフリードに訴えかけていた。