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〜第1話〜実は呪術が趣味でして

 虚ろな目をした黒髪の少女タバサは言った。


「大丈夫、パルス様ならできますわ」


 金髪でぼやーっとした顔の青年、パルスが答える。


「そうは、言ってもね、魔王を倒して伝説の勇者になるって本当に大変なんだよね。まずは明日から行われる国中の強者たちが競い合う勇者の選考会に勝たなければならない。そしてさらにそこから魔王を倒す旅が始まる。正直行って僕には無理そうだよねー」


 パルスは他人事のようにのんびりと言う。


「そんなことはありませんわ。パルス様より勇者にふさわしい方などこの世におりませんもの」


「そうかなあ。とてもそうとは思えないんだけどねー」


 パルスはのんびりとオレンジジュースをすする。


「でもタバサがこれだけ応援してくれるんだから、まぁ頑張ってみるよ」


「ふふ、その粋ですわ」


 タバサはグッと拳を握る。


「ところでさあタバサ」


「なんですか、パルス様?」


「幼なじみなんだからさあ、『パルス様』って呼び方やめない?ふつうに『パルス』って呼び捨てでいいよ」


「……そんな……パルス様を呼び捨てで呼ぶなんて、そんなダイタンなこと……とてもできませんわ」


 タバサは顔を真っ赤にして、その顔を両手でふさいだ。



◇◇◇



 ヤオル王国の城の前に、国中から我こそはという腕自慢たちが集結していた。

 剣技に優れた者、強大な魔力を持った者、千人強の勇者候補が集った。


「いやあ、すごい。どっちもこっちも強そうな人たちばかりだなあ」


 パルスが言う。


「けれど、パルス様よりも強そうな人は見当たりませんわ」


 タバサがそっと言う。


「……そうかなあ、絶対そんなことないと思うけど」


「そんなことありますわ」


「うーん、タバサに言われるとそんな気もしてきた。よーし頑張るぞー」


 タバサは、やる気を出したパルスを見てにっこりと微笑んだ。


「では参りましょう」


 タバサとパルスは城門を潜ろうとした。そのときだった。

 ふたりの目の前に槍の柄が下された。


「許可証は?」


「「……え?」」


 門番からの問いにふたりはたじろいだ。


「許可証は持っているか?」


「いえ……、でも今回の勇者選考会はすべての人民を応募対象にしており、今日だけは許可証がなくとも中に入れるはずですが」


 タバサが一生懸命に言う。


「……いや、勇者選抜とは言えど、許可証がないものは通すわけにはいかんなあ」


 門番はあしらうように言う。


「そんなっ!!話が違います。上の方に確かめていただけませんか」


 タバサは一生懸命言うが、聞き入れられる様子はない。そのうち、タバサの肩がぽんぽんと叩かれた。


「ねぇタバサ、しょうがないよ帰ろう。やっぱり最初から僕は勇者になれるような人間じゃなかったってことだよ」


 パルスがそう言うと、タバサはまゆげをシュンとさせた。そしてふたりはすごすごと城から離れていった。



◇◇◇



 勇者選考会に集まった猛者たちにより熱気がぷんぷんとするヤオル城前。

 多くの者たちが城門を通過していく。


「なぁ、さっきお前ひとり男を止めたよな」


 ふたりいる門番のうち、一方がもう一方の門番に話しかけた。


「ああ」


「いいのか。本当は、魔物やとびきりの不審者でない限りは誰であっても通すようにというお達しだったが」


「ああ、いいだろう。見るからに間の抜けたボーッとした男だった。最初の試験で落とされるに決まっている。それなのに、あんな純朴そうで可愛い女の子を同伴でやってきて、まったく腹の立つことだ」


 もう一方の門番は「ちがいない」と言い、ふたりで笑いあった。


「すみません」


 門番の目の前で誰かが頭を下げた。

 それはまさに今話していた間の抜けたボーッとした男と一緒にいた女の子だった。


「なんだ。許可証がないと通さないと言っただろう」


「……あの、お話があるのです」


「は?」


「ちょっとあちらに来ていただけないでしょうか?」


 女の子は塀の曲がり角の向こうを指差す。そちらは小さな路地になっていて人通りがない。


「……持ち場を離れるなどできるわけがなかろう」


「そこをなんとか……、ほんの少しだけですから」


 女の子は目を潤ませながら頼む。身体が小刻みに震えており、今にも泣き出しそうだ。


「……まあ少しなら聞いてやらんこともないが」


 ここで門番は気が変わりゲスな笑顔を見せた。

 この女の子は相当に可愛らしい顔をしている。あの人通りのない路地でこのコとしばしの間時を過ごすのもよいかもしれない。場合によってはあのボーッとした男を通してやることくらいは何でもない。


「少し頼む」


 もうひとりの門番に目配せををして、女の子と門番は路地へ入った。


「……で、話と言うのは?」


 その瞬間だった。

 門番の口元にハンカチが押しつけられていた。ハンカチを押しつけていたのは女の子だった。


「なっ、何をする!!」


 そう言って門番は女の子を振りほどいた。

 が、間もなく異変に気がついた。身体がぴくりとも動かない。自らの身体なのにまるで石像のように1ミリも動かない。


「ネムミの実って知っていますか?」


 女の子が、立ちすくみ壁にもたれかかった門番を真っ黒な瞳で見ながら言う。


「これを乳鉢で擦り、硫化銅と一緒に一時間加熱したあと、エーテルと混ぜて撹拌するとこの液体が出来上がるのです」


 女の子はスカートのポケットから瓶を取り出してみせる。


「これは狩猟用の麻酔などでもよく使われる液体です。しばらくは身体を動かすことはできないと思います」


 女の子はにっこりと笑う。そして、瓶をポケットにしまうと次に何かを取り出した。

 それは柄に髑髏どくろがあしらわれたナイフだった。

 ナイフは刃を剥き、それが門番の首すじにあてがわれた。


「うふ。ネムミの実を使った麻酔薬の特徴として、使用された者の意識がはっきりしていること。口や肺に対しての麻酔作用がないのでしゃべり続けられること、それに、痛みの感覚はちゃんと持ち続けることがあります。誤ってこの麻酔薬が医療の手術に使われたことがあり、そのときおなかを切られた患者さん、とても痛くて苦しかったそうですわ」


 ナイフが首すじから腹へ滑り下りていく。門番の表情がどんどんひきつっていく。


「うふ。そんな怯えた顔をして。そうだ忘れていましたわ。顔の筋肉に対する麻酔作用もないのでいくらでも、存分に恐怖や絶望を表情で表現できますわ。ホントいいクスリですわね」


 女の子は楽しそうに笑った。


「……、た、助けてくれ」


 門番は懇願する。


「ところで、あなた様にお聞きしたいことがあるのです」


 女の子は唇に人差し指をあてる。


「なぜ先ほどパルス様を通して下さらなかったのですか?」


「……え、いや、……何かの間違いだったのです。今すぐ通しますので」


「あのお、質問にちゃんと答えていただけますかあ?なぜ、パルス様を通していただけなかったのですか?」


 女の子はじっと門番を見る。門番は何も言えない。


「……もしかして、パルス様があまりに頼りなく見えたからでしょうか?」


 門番は「そう」とも言えずに固まる。


「うーん、多分そうなのでしょうね。本当にパルス様をそうやって見る方が多くて困るのです」


 女の子は自己解決したのか、うんうんとうなづく。


「皆は勘違いするのです。パルス様の持つ大海のような大らかさと優しさを、愚鈍さであると……。本当に悲しいことです。だから私は思いました。ひとりでも多くの方にパルス様の素晴らしさをわかっていて欲しいのです。これはタバサの使命なのです。運命なのです。そのためにタバサは生まれてきたのです。それがわかった瞬間に私は誓いました。私はパルス様のためになら何だってやってみせますと」


 女の子は舞台女優のように大袈裟に言って見せた。


「た、助けてくれ……」


 門番はもう一度懇願する。女の子はにこりと笑いながらナイフを振り上げた。


「っ!!」


 目をつむる門番。自らの身体を刺す痛みに備えて覚悟を決めるが、全く痛みはやってこない。

 そっと目を開けると、目の前でナイフの刃は寸止めされていた。


「ふふ、そろそろお時間ですかね」


「……?」


「お身体、動くようになっていますよ」


 女の子がそう微笑んだときに気がついた。先ほどまでピクリとも動かせなかった手足が動くようになっている。

 同時に門番は身体の力が抜け、その場にへたり込んだ。


「ふふ、大丈夫ですよ。先ほど嗅がせたのはネムミの実の麻酔薬を千倍に希釈したものです。原液は今回は使用しませんでした」


 門番の耳に女の子のうふふという笑い声が染みこむ。麻酔薬の効果は切れているはずだが、恐怖にすくんだ身体は動かせず、立ち上がることができない。

 そして女の子は門番を見下ろして言った。


「パルス様を通していただけますよね」



◇◇◇



「いやあ、帰らなくてよかったよ」


 城門を悠々と通過したパルスが言った。


「うふふ、先ほどはやはり門番様の勘違いだったようですわね」


 タバサは笑いかけた。


「いやあ、これも全部タバサのおかげだよ。僕はもうダメだから帰ろうと思ってたけど、タバサが、『あきらめないで下さい。もう一度確認してきますから』って、引き止めてくれてさあ。本当にありがとう」


「そんな、お礼を言われるようなことではありませんわ」


 タバサは満足げな笑みを見せる。

 パルスは彼女を見ながら当たり前のように言った。


「タバサといるとさあ、なんか良いことばかり起こるんだよね。僕、思ったんだけどさあ。多分タバサって僕の幸運の女神様なんだと思う」


 この言葉に、タバサの顔は秋の紅葉のように真っ赤に染まった。「そんな、女神様だなんて言いすぎですわ」そう言って、自分の頬を押さえながら、しばらくは脳裏にパルスの言葉を反芻させていた。

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