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放課後、俺は脱力感から机から立つ気力さえも湧かなかった。
それは何故か? 理由は簡単だ。
飛行実習で騎獣に乗れなかったからそれに尽きる。
あれから先生に最後尾に回された俺は呑気に飛行している騎獣を眺めていたもんだが2回目の俺の番でもあの片目の厳ついグリフォンが邪魔して来やがった。
なんとしても飛行したかった俺はグリフォンを掻い潜る為に、右から左から果ては下からも果敢に攻めてみたが結果はこうしてあえなく撃沈という訳だ。
俺だけまさかの再授業である。
「ソラ。いつまでそうしてるの?
もういい加減帰るよ」
レイが腰に両手を当てて叱る様に言ってきた。
「だってよ。
レイも知ってるだろ? 俺がこの日をどれだけ楽しみにしていたか」
やばい。
思い出したら泣きそうになってきた。
目元に溜まった涙を落とさない様に堪える。
「しょうがないんだから。
ほら、行くよ」
そう言ってレイは俺の手を掴み強引に立たせるとそのまま俺を引きずって教室から出て行った。
教室を出て正面玄関前に来ると下校のアナウンスがスピーカーから響き渡る。
「生徒の皆さん。
下校時刻です。
最近はグリフォン狩り等の犯罪が多発しています。
気を付けて帰りましょう」
どう気を付けろっちゅーねん。
そんな犯罪に巻き込まれたら俺とレイの2人じゃどうしようもないだろ。
実習の苛立ちからアナウンスにツッコミを入れているとグラウンドの方から人影が伸びてきた。
「あれ?
今日の実習で1人だけ飛べなかったソラ君じゃないですか?」
クラスの奴らが俺を馬鹿にする様に言葉を投げかけてくる。
その手にはバットやグローブを握っており、この時間までグラウンドで遊んでいたらしい。
「ほっとけ!お前らに関係ないだろ」
気にしていることをド真ん中ストレート豪速球で抉られた俺は震え声になりながら言い返す。
「なんだと?お前の所為で俺達の授業時間が削られたんだぞ?謝れよ!」
どうやら俺の言葉にムキになったクラスメイトは語気を荒らげて思ってもいなそうな事を言ってくる。お前らグリフォンに乗れない俺の姿見て笑ってたろうが。
しかし実習で飛べなかった事のダメージを引き摺っていてなんだかそれ以上反論するのも面倒くさくなり黙り込んでしまう。
「言い返せねーのかよ!こいつダッセェ!」
そう言って高笑いを上げるクラスメイト達。俺は悔しくなって下を向いて俯いていた。
何が悔しいかってこいつらに馬鹿にされていることじゃない。俺だけが飛べなかった事だ。
(なんで俺だけ)
あ、思い出したらまた泣きそうになってきた。
「いい加減にしなさいよ。」
ピシャリとした冷気を含むその言葉にクラスの男子達の笑い声が止む。
突然喋り出したレイの顔を見ると実習の時と同じ、光を映さない目でクラスメイトを射抜いていた。
おれも思わず目を逸らす。
その目にビビった奴らは
「な、なんだよ。
レイさんには言ってないだろ。
もういいや行こうぜ。」
そう言って立ち去って行く。
「レイ。
ありがとう⋯⋯」
レイに守って貰った恥ずかしさから消え入る様な声で呟いた俺に
「大丈夫。行こ。」
と、笑顔で返してレイは俺の手を優しく引いて歩き出すのだった。
レイと下校途中で別れた俺は森林区へと足を向けていた。
スキーズブラニル内には野生のグリフォンやドラゴンの住む山岳部、人間の住む居住区、他にも農業区、工業区、資源区、海洋区等があり文明の発展と共に栄えて来た。
今俺が向かっている森林区もその一つである。
母ちゃんは仕事で家に帰るのは夜遅いし、学校が終わってから森林区で時間を潰すのが日課になっていた。
(はあ。今日はいいことなかったな。)
先生に怒られ騎獣に乗れずクラスメイトには馬鹿にされて明日から学校に通うのが憂鬱だ。
(このままあのグリフォンに邪魔されて騎獣に乗れなかったらどうしよう。)
そこが1番の問題だが解決策が浮かんで来る訳でもなく気付けば森林区に辿り着いていた。
更に歩を進めると小さな物置小屋があり俺はその中に入ろうとする。
この物置小屋はたまたま見つけた物で中には何も置いていない。
人も来ている形跡が無かったので俺の憩いの場として使わせて貰っていた。
そのお礼として中は綺麗に掃除してある。
ちょっとした秘密基地って訳だ。
物置小屋の近くまでくると地面に何かが付着していることに気付いた。
(なんだろうこれ?・・・血?)
血痕らしき液体が小屋の横を抜ける様に続いていく。
こんな所に人がくるとも考えずらいが俺がいる以上その可能性も否定できない。
もしくは動物が怪我をしてこの道を通ったか。
(そういえばグリフォン狩りがどうのこうの学校のアナウンスで言ってたよな。)
先程聞いた放送を思い出し考えてみるがすぐに頭を振る。
グリフォンは山岳地帯をテリトリーとしているので他の区に移動することが滅多にないと学校で習ったからだ。
(考えても仕方ないな。とりあえず見に行ってみよう。)
そう結論を出した俺は恐る恐る血が続いている方へ歩いて行く。
小屋までは所有者が手入れしていたのか道が整っていたが、ここから先は草木が生い茂っていて光を通さず薄暗い。
その中をかき分け、途中蜘蛛の巣に引っかかりながら進んで行く。
10分程歩くと木々の隙間から光が漏れてきて、前方に開けた空間があるのが分かった。
(やっと抜けたよ。)
最後の邪魔な木の枝をへし折ると眩しい光が目に入ってきて思わず目を顰める。
細目になりながら久しぶりの日光を浴びると目の前に何か白い巨大な物体があるのに気が付いた。
やがて目が慣れ視界が広がるとその物体の正体が分かり、同時にその美しさに息を呑む。
「グリフォン・・・?」
そこには純白に輝く6翼のグリフォンがひっそりと佇んでいた。