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前話よりも長いです。
パイロットスーツに着替え支給されたジャケットを羽織った俺は先生の言いつけ通りに校舎の南西にある飛行場に集まっていた。 飛行場は芝の生い茂った土地に外周部が柵で囲われている作りだが、その境界は目視できない。
生徒の安全面からこの飛行場内で飛行する様に設計された為、広大だからだ。
校舎から1番近い出入り口から入った先にはフライト予定の騎獣が待機するハンガーや風速を計る吹流し標識が括られているポールが立てられている。
そのポールの前に集合しているのだが皆初の実習で浮かれているのかいつもよりざわついている様子だ。
かくいう俺もさっきから早く騎獣に乗りたくって仕方がない。
そんな落ち着かない時間を過ごしていると黒髪の少女が近づいてきた。
「また怒られてたね」
レイが開口1番眉間に皺を寄せながら、責める様な口調で俺に言葉を投げかけてきた。
当然ながらレイも全身にフィットしたパイロットスーツを着用している。
身長は俺と同じ150cm程だがスラリと伸びた細身の手足にパイロットスーツがマッチしていて初めて見た姿にドキリとする。
「あれは注意されたって言うんだぜ。怒られた訳じゃない」
平静を装いながら俺は言い訳じみた言葉で返事を返す。
そんな俺を呆れた表情で見ながらレイはぼそっと呟いた。
「ソラのお母さんに言いつけるからね」
その言葉を聞いた俺は絶望の表情でレイを見る。
「レイ。それは勘弁してくれ」
多分今の俺はとてつもなく情けない表情をしているんだろう。
「ふふっ冗談だよ。あ、先生来たみたい。」
いたずらっぽく笑うレイを見ながらその一言に胸を撫で下ろすと同時に、ようやく騎獣に乗れる期待感から気分が高揚してくる。
「はーい皆揃ってるわねー!」
移動用のタグから顔を出したエミリー先生は生徒の数を確認しながら声をあげた。
⋯⋯教師だけ車の移動はずるくないか?
「期待している所悪いけどもう少し待っててね!
今トレーナーさんと一緒に騎獣達を連れて来るから!」
そう言って先生は再びタグに乗り込みハンガーの方へ車を走らせていく。
(近いんだから歩けよな。)
と普段なら毒ずく所だが今回は騎獣を早く拝みたいのでベタ踏みしろ!と心の中で先生を急かす。
そんな俺をレイが横目で見ながらくすくす笑い出す。
俺は心を見透かされた様に感じて照れくさい表情を浮かべながら
「なんだよ?」
とぶっきらぼうに言い放った。
レイは何がそんなにツボに入ったのか目元を指で拭いながら可笑しそうに
「だってソラの目があんまりキラキラ輝いてたから。」
と言い、穏やかな表情でごめんね?
と謝ってきた。
「いいけどさ。レイは楽しみじゃないの?」
問いかけた俺に一瞬逡巡した様な表情を見せ楽しみだよ。
と答えたレイに少し納得が行かない気持ちを感じていると、ハンガーの扉が開く音と共に5頭のグリフォンが元気よく飛び出してきた。
外に出てきたトレーナーが首から下げた笛を一吹きすると騎獣達が集まり、再びタグに乗り込んだ先生とトレーナーさんの後ろを駆けて追走する。
1騎も遅れること無くついてきた。
「お待たせ。
こちらトレーナーのタイラーさんよ。
タイラーさんは元騎獣乗りで今後授業を手伝ってくれるわ。」
タグから降り、皆と同じパイロットスーツを着用した先生がタイラーさんの紹介を終える。
タイラーさんはパーマがかった茶髪を靡かせ、よろしくと短く挨拶をした。
そのまま実習について喋り出す先生だったが話がまるで入ってこない。
その原因ははっきりしていた。俺は、いやきっとここにいる男子生徒全員が思っただろう。
(でかい・・・)
普段はレディーススーツをかっちりと着こなしている先生だがパイロットスーツを着た先生の胸が弾けんばかりに自己主張をしている。
伸縮性によりハッキリと形が浮き彫りになったミサイル型の兵器に視線が釘付けになる。
思わず固まってしまったが見ちゃいけない気持ちが沸いて来てふと視線を横に逸らすと今度は隣にいた少女の控え目な胸が視界に入ってきた。
風が気持ち良く吹き抜ける草原を想起させる様な慎ましい胸を見て、我に返った俺は冷静になって正面に向き直る。
その時脇腹にギュッと摘まれた様な痛みが走った。
「いでっ!」
思わず声をあげた俺に近くにいる奴らが反応してこっちを見るが素知らぬ振りをしてやり過ごす。
また先生に怒られるかと冷や冷やしたが何とか誤魔化せた様だ。
「何すんだよレ⋯⋯。」
脇腹を抓った張本人のレイを見ると、光を映さない底冷えする様な目を俺に向けていた。
これ以上喋ったらいけない。
本能で悟った俺は視線を外し先程からしゃべっている先生の声に耳を傾ける。
「以上でパイロットスーツの脱出機構の説明は終わりだけどみんな大丈夫?」
男子生徒を除いた返事がまばらに起き続きを喋り出す。
「次に騎獣装備の説明ね。
みんな今までシミュレーターに乗って訓練して来た筈だけど今1度説明するわ」
先生はタイラーさんに促しグリフォンを1騎俺達の前に連れてくる。
騎獣、ここアースガルズではグリフォンの数が圧倒的に多い。
理由は数十年前の大戦にまで話を遡らなければいけないが要約すると暴走したある国が武力でアースガルズともう1国を従えようとし、対抗する為にアースガルズは同盟を結んで立ち向かった。
アースガルズはグリフォンを同盟国はドラゴンを引き連れて激しい戦いの末同盟側が勝利。
その後更なる強固な友好を結ぶ為に、お互いは騎獣を繁殖できる最低数交換し合ったのだ。
このことでアースガルズにもドラゴンは生息しているのだが昔から馴染み深く総数が多いグリフォンがアースガルズでの一般的な騎獣として国民に浸透している。
「皆よく見える様にグリフォンに近寄ってね」
嬉嬉として傍に行きまじまじとグリフォンを見るがその姿に圧倒される。
全長10m程の巨体に首から上は白毛に覆われ、体には茶色の毛並みが波うっている。
嘴は鋭く前足の膝から下は鳥類特有の趾になっており三前趾足の形状をしている。
後ろ足は獅子のものだ。
今は垂らしているが空に羽ばたく為の翼は翼開長16mにも及び、肩口から生える翼腕を後方に伸ばして飛行することによって高速性能も高い。
この主翼の他にも長さ4m程の尻尾の先に、イルカの尾ビレの様な翼がついている。
「では騎獣装備について大まかに説明するわね。
今回グリフォンに装着している物は教育用に作られた軍用の簡易バージョンです」
そう言って先生はグリフォンの背にあるコックピット部分(特殊素材で出来た帯によって、首元や足の付け根及び腹に固定されたサドル一体式可動型ハンドル、ハンドルの前方には風除けのカウルとその手前にMFD)とそのコックピット後方にある電子機器部分(流線状のテールカウルの中にコックピットを保護する為のフィールド形成装置、レーダー等の各種機器類)を説明して行く。
軍やASFだとブースター等の装置や機器類も増えるのだが全て騎獣の背にコンパクトに収まる。
飛行の邪魔にならないように小型化や収納デザインに最大限のテクノロジーが使われている科学の結晶だ。
「それと噴出孔からのオドブーストは離陸時以外使用禁止ですからね。
グリフォンも使用しないように訓練されていますから。」
これも分かっていたことだ。
この世界には魔素というエネルギーが存在し、人間にも騎獣にも魔素器官が備わっている。
その魔素器官でオドと呼ばれるエネルギーを体内で作りだし、グリフォンの場合噴出孔(尻の上の左右に2箇所)からオドを放出し、反作用で加速出来るのだ。
「という訳で皆さんには予定通りの通常飛行を行って貰いますが今回は初実習なので皆さんが騎獣を操作するようなことはほとんどありません。
あくまでも飛行に慣れてもらうことを目的としたものなので今日は離着陸と飛行場を半周するだけです。
それも訓練されているグリフォン達が行ってくれるので心配や緊張せずに冷静な態度で実習に臨みましょう」
そう告げてから出席番号順に並ぶよう指示する先生。
3人ずつそれぞれ騎獣に乗って順番に実習を行う手筈だ。
余りの騎獣は牽引用に先生とトラブル防止用にタイラーさんの傍に座っている。
タイラーさんの近くにいる騎獣は5頭の内1番大きく目に傷があり、異様な風格を醸し出していた。
一目でここにいる騎獣達の上位個体なのが見て取れる。
先頭の3人と先生がHMDを被りグリフォンに跨って、芝にスプレーでマーキングされたスタートラインに横1列に整列する。
タイラーさんが手旗を鋭く振り下ろすと先生を含めた4騎のグリフォンが勢いよく飛行場を駆けて行く。
大地を蹴る音と共にあっという間にトップスピードまで加速したグリフォンはオドブースターを使用し轟音を響かせながら勢い良く急上昇して空へ昇って行った。
騎獣の後ろには飛行騎雲が奔り、遠くからジェット音が聞こえてくる。
そのままある程度の高度で上昇を止め外周に沿って飛行してから生徒達を先生が牽引し降下してくる。
着陸直前騎獣達が騎首上げをし、太陽を遮る程の翼を大きく広げてブレーキを掛けた。
時芝は薙ぎ倒され皆が前を向けない程のが発生し、充分に速度を殺した騎獣が着陸した瞬間、大地が揺れる。
(凄い。)
間近で見る着陸の迫力はこれから行う飛行への期待感をより一層高めてくれる。
無事1組目の飛行が終わりその後も次々と離着陸を繰り返していくのを眺めていた。
レイも無事自分の番を終え何組か後にようやく俺に順番が回ってきた。
(やっと空に上がれる!)
この日をどんなに待ちわびたことか。
騎獣に乗る為に小学校受験と適正試験に合格して眠くなる様な授業と物足らないシミュレータの訓練をこなして来た。
4年間もこの日の為に頑張って来たのだ。
自然と胸も高鳴ってくる。
空に上がれば俺の探していた答えも見つかるかもしれない。
湧き上がる期待を胸に秘めて整列している騎獣へと足を進めて行く。
その時、待機している生徒達から悲鳴が聞こえてきた。
不思議に思い周りを見るとタイラーさんの傍に座って居た騎獣が立ち上がって俺の元に近寄ってくるではないか。
目の前まで来た騎獣は前足を立てて座り、その鼻先を俺の顔に近づけて匂いを嗅ぐ仕草を取って大きなその瞳で覗き込んできた。
間近でみるその相貌は片目の裂傷とあいまってえもしれぬ迫力を放っている。
(どういうこと?)
訳が分からず立ち尽くしているとまたもやクラスメイト達から声が上がった。
だが今度は悲鳴ではない。
驚くことにグリフォンが俺に傅く様に頭を下げてきたのだ。
その行為はグリフォンが人間に大きな信頼を寄せパートナーとして認めた時にしか行わない非常に珍しい行動だ。
いよいよ混乱した俺はどうしたらいいか分からずにグリフォンの頭を撫でてしまう。
本来グリフォンの頭を撫でられるのは気を許している者だけなのだがこのグリフォンは特に反応を示さない。
そうしているとタイラーさんが連れ戻す為にこちらに近付いて来た。
誘導しようとグリフォンに呼びかけるが一向に退こうとしない。
しょうがなく先生に避けて来るよう言われるのだがおれの進路を塞ぐかの様に移動してくる。
「一体どういうことなの?
⋯⋯しょうがないからソラ君は一番後ろに回りなさい。」
先生に告げられ渋々後ろに並ぶとグリフォンも道を空ける。
(なんなんだよ!)
楽しみにしてた初飛行に水を指され正直面白くないが、たまたまだろうと切り替え空に昇っていく騎獣達を眺めていた。
しかし、おれはまだ知る由もなかった。
この授業中騎獣に乗ることができないことを。