運命のスタート
僕はスタート位置であり集合場所でもあるホールへと向かった。
うまくいかなかったら迷路以前に命が危ないかもしれないと、たかが少女だと言えど感じざる負えなかった。
大丈夫だ、このリュック自体を怪しまれなければ上手くいく。
そう安心させ、一歩一歩と重くなった足を引きずるように歩く。
少女はちゃんとトイレに隠れててくれてるだろうか、その途中で見つかってしまうだろうか。
いや、見つかったら多少騒ぎになるはずだから今の所は大丈夫だ。
まぁ、見つかったとしても警報は鳴らないだろうが・・・役人が慌てていたら危ないだろうな。
少し頭を冷やしながらホールの扉の前まで来ている。
上手くいったとして、少女誘拐は重い罪なんだろう。
目の前に立ちゆっくり扉を開けると、既に半分以上の人間が荷物を持って立っていた。
「あと三人か」
ついさっきも人数を数えていた気の強い男、物好きなんだな。
時計を確認すると残り十五分だ。
「では、まず初めに集まった方だけ荷物検査を行っておきたいと思います」
荷物検査、怪しまれなければどうという事はない。
「役人が一人一人の荷物を検査します。迷路の説明の為に案内・同行していた役人の所へ行ってください」
何だと?覚えてるわけがない。
役人を見渡していると、一人だけ僕と視線を合わしている男がいる。
確かにあんな顔だったかもしれない・・・しかし何故同じ役人でなければいけないのだ?
少し考えてみる。
すると自然に荷物検査の時に荷物などが変わってないか確認しているのではという推測にたどり着いた。
役人に近づいていくと、荷物を見せて下さいという動作なのか手を開いて待っていた。
僕もなるべく手際よく荷物を置いたのだが、リュックがぺしゃんこに潰れてしまった。
役人は不思議に思っただろうが、ただリュックが大きかったという結論にしか至らないだろう。
「これから調べます」
役人はゆっくりとチャックを開け中を調べる。
終始真顔だったが、荷物の量が少なすぎて呆れた顔をしていたに違いない。
筆記用具・コンビニ弁当・他生活必需品など・・・完全に仕事に行くと思って用意していた物ばかりだ。
なんて危機感がないんだろうか、いや皆どんな迷路か知らなかったはずだ・・・うん。
自分で勝手に納得させ、落ち着いた所で役人は検査を終わらせた。
「検査は終わりました。イベント開始までここでお待ちください」
役人は怪しい動きをするなと言わんばかりに鋭い目線を送ってくる。
結局今トイレに行くのはナンセンスなので、しばらくはまだ全員集まってないので、ここで待つことにした。
「あぁ・・・」
大人しそうな男が冷や汗をかきながらホールに来ていた。
「あと二人か」
一体何から急かされているのかと疑問にもなるが、ただ待つのが嫌なんだろうなと大体の予測はつく。
人間は比較的待つのが好きな事はない。
「あぁ・・・」
まだ冷や汗をかいているようだ。
「大丈夫ですか?」
変な空気の中で僕はいたたまれなくなり、話しかけた。
「え、えぇ・・・トイレに行ってたんです・・・そしたら・・・女性の声が聞こえてきて」
・・・そう来たか、僕はバレないように小さな舌打ちをしていた。
「何故そのような声が?」
「わかりません、突然個室の中から咳をする女性の声が・・・参加者は限られてくるし・・・怖かったなぁ」
確かに不気味に思うシチュエーションだろう、しかし今はそんな同情を抱くわけにはいかない。
「じゃ、じゃあ僕がトイレに行って確認してみるのはどうかな?」
「別にいいけど、一体誰なんだろう」
男はそのまま役人の所へ検査しに行った。
ふぅ、なんとか場をしのいだ。
役人にも特には怪しまれてはいないようだ。
まずはこれ以上発見者を増やさない為にも行こう。
僕はホールの出口へと歩いていく。
突然出口に歩き出すので不自然だったのだろう、役人が門の前で質問をしてきた。
「岡島様、どこに行くのですか?」
僕は呼び止められるのは予測していた一つだったので動揺せず答える。
「トイレです、我慢してたんです」
「わかりました、ご案内しましょう」
「いや、大丈夫---」
「お連れします、帰れなくなれば問題になりますので」
素早い切り返しで口止めされ、そう言われてしまえば従うしかない。
僕は役人の後ろについていった。
もうこの廊下を歩くのは三度目だというのに、今回は長く感じる。
二人の沈黙が重たくのし掛かり、今にも策略がバレてしまうのではないか・・・いや、もう全て把握しているのかもしれない。
また不安が広がっていた。
「岡島様、ここがトイレでございます」
「---」
「ご安心を、私どもは出入口で待っています」
「わかりました」
これは一応当たり前の話なんだが、もし怪しまれ一緒に入られていたら殆ど計画は終わっていただろう。
僕はいつもと変わらない雰囲気で中へと入っていった。
そのまま音を立てないようにして個室の前まで来た時、肝心の合図を決めてない事に気づいた。
やばい、変に音は立てられない。
僕は咄嗟に「開けて」と、ドアに密着させ本当に小さな声で囁いた。
するとカチャッと静かにドアが開く。
たぶん役人は聞こえたとしても鍵を閉めたとしか思わないだろう。
個室のドアが開かれると、少女は不安な顔のままそっと便器の蓋の上で体操座りをしていた。
僕は手で 入れ と合図をしておんぶをする体勢でしゃがむ。
少女はすぐに頷きゆっくりとリュックの中に入る。
まずはここまでは成功、だがその後リュックを運べるかが問題なのだ。
少女が完全にリュックに体を入れると、僕の背中を叩いて合図をする。
僕はゆっくりと立ち上がる。
総重量は約50kgなんだろうか、重いのは重い。
だが少女にも失礼だ、僕は一歩一歩体を慣らす。
ただのサラリーマンだから鍛えていた訳ではない、せいぜい趣味でジムに通っていた程度だ。
出入口までの間に段々体が重さに慣れてくると、このまま走って早くホールに戻りスタートしたい衝動に刈られる。
早く降ろしたくなってくるのだ。
「では、どうぞ」
出入口に戻ると役人はさすがにリュックの膨らみには気づく事はなく、ホールへと案内する。
うまくいっている、僕はこの何とも言い難いワクワクした気持ちは子供の頃以来だなと実感する。
ホールにつくと役人は定位置へと歩いていた。
僕は端に置かれていたイスに座って落ち着く。
このまままずはスタートまでもたせる、もってくれよ僕の足と肩。
「あれ、みんなもう集まってるよ?」
「お前が色々荷物を持ってきすぎるからだろ」
最後の二人、カップルが来た。
この迷路にはカップルの参加者は一組しかいない。
だから既に皆は二人の顔は把握していた。
それに比べて僕と言えば、影が薄いのだろう。
強いて言えばリュックがでかい・・・ぐらいか。
ふと少女の息が心配になったのでチャックを少し開けておく。
カップルが荷物検査を終えると、安沢が説明を始める。
「皆様お待たせ致しました。ついに迷路が始まります。ぜひとも大勢の方々が脱出できる事を祈っております」
安沢は深く礼をし、そのまま三分後のスタート時間まで待っている。
いよいよ始まる。
皆が平和に迷路を探索すれば必ず脱出できる。
政府は何か企んでいるのかわからないが、うまくいけばそれは確信する事ができた。
あと少しでスタート---。
「では、巨大迷路のスタートです!!」
パァン!! 空砲が鳴り響いた。
僕達参加者はゆっくりとホールの左口、役人に示された廊下を進んだ。
リュックが膨らんでいる事を不思議に思ったのか妙に僕を見つめてくる役人がいたがなるべく無視して通り過ぎた。
しばらく廊下を進むと、外へ繋がっているようで光が差し込む。
「ここから外へ出れば本当のスタートです。皆様、一ヶ月自由に過ごし脱出して下さい。期待しております」
最後は少しにやけていたように見えたが、気にしないようにした。
僕達は一斉に外へ足を踏み出した。
一カ月、長いですね。
飽きられないように頑張りたい。