不思議な少女
僕は今個室の中にいる。
あと四十分で迷路は始まるらしい。
時計を見ると一時を指しておりお腹も空いていた。
ここはこれから巨大な迷路へ入っていく勇敢な人間達に食事すら与えないのかと蔑みすら覚える。
「---死ぬわけないよな」
政府が関係している時点でイベントで死人を出すわけにはいかないだろう。
だがこんな奇妙な迷路を作った政府ならあり得るかもしれない・・・世の中隠蔽は付き物だ。
だからこそこんな市内の中での募集にしたのではないか、ちんけな山奥に建てたのではないか。
バタッ
「っ!?」
部屋の中で何かが倒れる音がする。
原因を突き止めようとするが、いきなりの物音で頭は混乱してしまい体が硬直している。
「な・・・何だ?」
辛うじて声は出せるので、私は咄嗟に応答を求めるでもなく何かにすがるように発する。
「誰?」
!?明らかにか細い少女のような声が部屋に響く。
「あなたは迷路の参加者?」
どこに隠れてるのかはわからないがタンスの裏から聞こえてくる。
「そうだけど、君はどうしてここにいるのかな?」
必死に優しいお兄さん風に慎重な声で語りかけ、徐々に硬直が解けてきた体で近づいていく。
「私はただ迷い込んで来ただけ・・・名前もわからないの・・・家も」
「え・・・」
いきなりの衝撃の事実に思わず声が漏れてしまう。
家も知らない少女というだけで驚きなのにこんな建物にいるというのは・・・驚きを通り越して不気味だ。
「じゃ、じゃあどうしてここに?」
また更に近づいてみる。
だがゴソゴソと動いているような気配はない。
「私は山に一人で住んできました。でも不思議な事にお金は小さい頃からあります。定期的に誰かが山小屋に封筒を入れてくるみたいで・・・
「山小屋?一人暮らし?」
「はい。これ以上は言えません。あなたが誰かもわからないので」
「はぁ・・・」
何とも並外れた生き方をしている少女らしい。
定期的に入るお金が気になるが、もしかしたら気にかけている人間がいたのかもしれない。
なら何故少女は一人暮らしをするはめになったんだ?・・・っていかんいかん。考えすぎだ。
勝手に想像を膨らましてしまう欲求を抑え冷静に話を進めようと心がける。
「それじゃあ君の年齢はいくつなのかな?」
「16です」
想像していたよりは大人びているようだ。
「ぼ、僕はただの平凡なサラリーマンなんだ。出てきてくれないかな」
「サラリーマンって何?」
え?咄嗟にわかりそうでわからない問いに戸惑ってしまう。
「えと、給料をもらって働く人の事を言うんじゃないかな」
自信はないが少女にはそれで十分な説明になったと言い聞かせる。
「あの・・・給料って?」
「・・・」
これはいけない流れだと感じ、私は言葉に詰まる。
「危険なお兄さんじゃないから・・・大丈夫だよ?」
そう言うと、今度はゴソゴソとした気配を感じる。
そして少女は顔だけをタンスの裏から出した。
「---確かにあの怖い人達ではないですね」
少女はそのまま出てきて僕の前に立つ。
「てっきり建物の前にいた人達かと思いました」
えへへと恥ずかしがるような態度を見せる少女を、物珍しげに眺めていた。
「ところで、給料やサラリーマンという言葉は知らないのに日本語は普通に喋れるんだね?」
「あぁ・・・それもよくわからないんです。小さい頃の記憶はなくていつの間にか日本語は話せてるみたいだし・・・山小屋にいた記憶から始まっているみたいで・・・それ以前は・・・」
少し俯き加減に地面を見つめている。
僕は時計で三十分を切っているのを確認し、どこまで少女に話したらいいか考える。
「この建物は何なんですか?」
少女が尋ねてくる。
「それは僕も聞きたいよ」
「最近ずっと山小屋の近くですごい音が響いてて・・・そしたら昨日から聞こえなくなったんで来てみたんです」
なるほど、少女はこの近くに住んでいたのか・・・だが知っても何の特にもならない。
いや、まず何で僕は見知らぬ少女と話しているんだろうかと自問を始める。
「あと、参加者の情報は?」
「それは建物の前で隠れて聞いていました・・・あ、一応あなたと一度目が合っていた気がします」
「え?・・・あ、あぁ・・・あの時の」
「怖い人達は色んな方々に話していて、迷路とか参加者とか・・・聞きました」
話を聞くにこれは巻き込まれたという事でいいのか?
ますますこの少女が可哀想にも思えてくる。
「---君はこれからどうするの?」
そう、これは今から迷路に参加する僕にとって大事な質問だ。
「私は・・・わからない。運よく進入出来たけど、建物から無事に出られる保証はない・・・」
少女には今はどうする事も出来ず、ただ安全にこの部屋に佇むしかない。
そんなひしひしと伝わってくる悲壮感を僕は無言で受け止めるしかなかった。
「---あ、あともう少しで始まる」
「もしかして、イベントですか?」
「あぁ、君は・・・どうしたらいいんだろう」
一緒に行けば見つかる可能性は限りなく高い。
役人に正直に話すのも難しいだろう。
僕は目を瞑り必死に頭を回転させる。
「あ、あの・・・大丈夫ですか?私ならいいんで」
「いや、一緒に行こう」
「へ?」
そうだ、一緒と言っても二人で歩いていたら終わり。
うまく始まってから合流する方がいい。
僕は咄嗟に荷物入れを見る。
有意義な物は急いでいて持ってきていないが、その割りにはもしもの為にと旅行用バックだけは用意してきたから中にはだいぶ余裕がある。
そして役人は・・・たぶんこの後荷物チェックをするから・・・よし。
「あのさ、君はこの部屋を出てすぐの男性トイレに隠れててくれないかな」
平凡な男だけど平凡なりに考え付くものはある。
「あ・・・はい。大丈夫なんですか?」
少女はいきなり指示を出され、しかも男性トイレという事もあり怯えている。
「大丈夫だよ、一緒にこのイベントに参加しないか?帰るのも危険なんだし」
「それはそうですけど・・・でもそこまで言うなら従います」
少女が物分かり良い子でよかった。
僕は普段から服に入れていた必需品だけリュックに入れて、後は膨らむようにうまく背負った。
これで大丈夫。
さすがに僕もいい年した男性なんだから、少女を安心させてあげなければならない。
多少の不安はあったがそれ以上の希望で打ち勝つ自信があった。
僕は残り二十分になった所でリュックを背負い扉を開けた。
これでうまくいけば少女は帰りに役人に見つかる事はなくなる。
しかし・・・少女をこのイベントに参加させたとして、安心させる事は出来るのだろうか。
どう考えてもこの少女鍵ですありがとうございま(ry