朱の盆異聞:衝
ありゃあ今夜みてぇに風の強え夜だったよ。あの日、俺らは珍しく博打で大勝ちしてよ、バカみでぇに飲んで騒いでたっけ。あぁそうだ、ちょうどこの席だったよ。アイツは俺なんかと違って、真面目で容量が良くてよ、そのくせ俺なんかと妙にウマが合ってよ。仕事の後によくいろんなバカをやらかしたもんだよ。
ただ、アイツはちょっと変わっててよ。どんな時だって頭を隠してやがったんだよ。そりゃ、気になるってもんだ。当然俺だけじゃなくここのオヤジだって気になってたさ。でもよ、何があってもアイツは隠し続けたんだよ。
まぁ、それでも俺とあいつはダチだったよ。一緒に現場に出て、一緒にバカやって、たまには喧嘩もして、それでまた飲んで・・・。それがよ、あの日、全てが変わっちまったんだよ。
ある夜、しこたま飲んで真っ赤な顔して歩いてたら、夜道にうずくまってる人影を見つけたんだよ。いつもならそんなもん、うっちゃってくんだが、あの日はなぜか、引き寄せられるようにして声をかけちまったんだよ。
うずくまってたのは50がらみの侍でよ、俺ら以上に酔っ払ってベロベロになってやがったよ。あいつは変なところでお人好しでよ、赤ら顔のまんまその侍を送って行くとか言い出しやがったよ。俺もそん時は気が大きくなってたからよ、仕方ねぇなとか言いながら一緒に送ってったんだよ。まぁ、赤ら顔の人足が2人で侍を抱えてきたもんだから、奥方さんはビックリして腰を抜かしてたけどよ。それからしばらくしてよ、この辺りに夜な夜な鬼が出るって噂が流れ場じめたんだよ。
まぁ、そんなもんは俺ら荒くれの人足にゃ関係ねぇ、出るなら逆に拝んでみてぇってもんで、俺らは相変わらず、ここで飲んでたよ。ただ、その頃からかな、あいつの付き合いが悪くなり始めたのは。あんなに好きだった酒にも馬鹿騒ぎにも、何かと理由をつけて顔を出さなくなり始めたんだよ。女でもできたのかとも思ったけどよ、俺らみてぇな人足がそうそうご縁があるわきゃねぇしよ。
それでもたまには一緒に飲んで、店が閉まるまで騒いでよ、その帰りだったよ。さっきも言ったがよ、あの日は風が強かった。びゅうびゅうじゃねぇ、轟々と風の音がなってやがったよ。そんな中、俺らはまた道端にうずくまってる人影・・・侍を見つけちまったんだよ。
あいつは躊躇いもせず、その侍に声をかけたんだ。前にも似たような事で送ってったとはいえ、鬼が出るとか言われてる近辺で・・・だ。そん時、風のせいか、縛りが甘かったのか、それとも侍が引ったくったのか、あいつがいつもかぶってたほっかむりが落ちたんだよ。
そこにあったのは文字通りの角だったよ。こう、額の真ん中から1寸ほどの角が出てたんだよ。そっからはもう、一瞬のことだったよ。侍が刀を引き抜くと、そのまま袈裟懸けになで斬りでバッサリよ。あいつは何が起きたのかもわからなかったみてぇで、たたらを踏んたと思ったらそのまま川に落ちちまったよ。侍は大声で「市中を騒がしていた鬼は成敗いたしたぞ!」とか何とか叫びながら、まだ血の滴る刀を掲げて行っちまいやがったよ。俺は慌てて川に飛び込んだよ。幸い、流れは緩かったからすぐに見つけることが出来たんだがよ、そん時にはもう冷たくなってやがったよ。
その後のことは、俺もバタバタし通しだったんで、あんまり覚えちゃいねぇんだよ。葬式もあったし、お取り調べも受けなきゃならなかったしよ。ようやっと人心地ついたのは、初七日が明けた頃だったよ。
俺は改めてあいつの家に線香を上げに行ったんだよ。見た目があんなだったつっても、長い付き合いだったしな。年のいったお袋さんが迎えてくれてよ、そしたらどうしてもあいつの話をしねぇわけにはいかねぇよ。そんな俺の話をお袋さんは嬉しそうに聞いてくれてたよ。色んな話をしてよ、さてそろそろお暇するかって頃に、お袋さんが深々と頭を下げてくれたんだ。あいつの唯一の友達でいてくれてありがたいってよ。
結局、あいつの角みてぇなのはガキの頃からあったらしい。何でも、あいつのお袋さんの血筋は、代々どこかしらの骨がああやって膨らんでんだとよ。あいつのお袋さん?あぁ、左の手首んとこかボッコリと膨らんでたよ。ただ、あいつのは場所が悪すぎた。親族に髪結がいたおかげで、髷を結ったりってのは問題なかったらしいが、それでも目立つことに違いはねぇ。だからこそ、ずっと手ぬぐいを被ってやがったんだな。
あぁ、たぶんだけどよ、最初に酔った侍を送ってった時に、なんかの拍子で見られちまったんだろうよ。そっからはほら、見た目だけを騒ぎ立てやがったんだろうよ。ちょっと見りゃただの人足だってのはすぐに分かるだろうによ。
あ?あいつを切った侍?あの後、この辺じゃ見かけなくなったな。元々あたりは侍がうろつくような場所じゃねぇしな。どうなったかなんて、俺が知ってるはずもねぇよ。
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